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金沢市生活保護、「特別控除」「未成年者控除」未実施 金沢生健会 広田敏雄(医療・福祉研究誌原稿)


1,はじめに
 
 2007年4月金沢市が生活保護実施要領の解釈を誤り「特別控除」の一部、さらに高校生への「未成年者控除」が未実施であるという法令遵守違反が判明した。
 発覚以来、金沢市に対して運用の改善と、被害者に対しての職務責任者によるお詫びと保護費の追支給、事件の調査と再発防止策について市民に公表することを求めてきた。
 金沢市は2007年末の時点までに、「特別控除」の改善と高校生への「未成年者控除」の適用はされたが、法令遵守違反を認めないままである。
 今回の事件を紹介しながら生活保護行政からみた、日本の貧困問題や今問題となっている格差社会について私が感じたことを述べたい。
 
 
2,今回の事件の概略
 
 きっかけは県外から移転してきた生活保護受給者の方が、金沢市では「特別控除」「未成年者控除」が適用されず担当者に問い合わせたが、自分が適用外であるとの回答に疑問を持ち、4月中旬金沢生健会に相談をしてきたものである。  金沢生健会として金沢市当局に問い合わせたところ「特別控除」は賞与のあるものだけに実施、高校生の「未成年者控除」は実施していないと回答であった。
 控除しない根拠と実態を問い合わせたところ、この時点では、「特別控除の方法は実施要領にそう書いてある」「未成年者控除は高校生は学業が本分なので控除はふさわしくない」「実施要領に書いてあっても金沢市の裁量でできる部分がある」などを中心に、課長や各職員の個人的な感想を並べ立て、何を根拠としているかが明らかにならなかった。
 石川県厚生政策課に対して、これらについての見解を求めるとともに、金沢市のこれまでの誤った行政について対応を取ること要望した結果、石川県厚生政策課からは、実施要領の解釈について金沢市の解釈が間違っているとの指導がされた。
 金沢市支援課の一部職員が、「これからは全員実施する、遡及は一年と考えている」との回答をほのめかすが、5月29日石川県社会保障推進協議会とともに、生活保護の改善を求める要望書を提出した際に、市側からこの問題についてはあらためて研究しているとの回答にとどまった。
 今回の解釈の誤りは、昭和36年次官通達の内容を、昭和38年局長通知によって細目が通知されたにもかかわらず、金沢市はその運用の徹底をせず、その当時より誤った運用を続けてきていたものと思われる。
 我々の指摘を受け、急遽2007年度から実施要領どおりの実施となり、2007年度の単年度分予算 一千万円、該当者二百人と市が発表したが、過去40年以上にわたり該当する人たちに、結果として最低生活費を下回る生活を押し付けてきたものである。
 該当する世帯の多くは小さな子を抱えながら働く母子世帯と推測されるが、片方では自立という言葉をもって「就労支援」として、過重とも思える就労を強いているようにも感ずる現状のなかで、それに応えて働く世帯に対しての法令尊守違反となっている。
 金沢市は今までの対応について法令違反との認識を示すこともなく、全国的に異例な今回の事件が起きた原因や、長らくそのことに気が付かなかったことも含めて、それらを解明しようとする気配すら感じられない。
 6月1日尾西県議によると、県からの報告では県内では加賀市も実施漏れがあるという。
 2007年度末の時点では「特別控除と高校生の未成年者控除」は今までの方法を改め、私たちが主張する実施要領の解釈どおりの実施となったが、謝罪と遡及については必要ないとの立場である。
 
 
3,「特別控除」の解釈について
 
 一言で言えば、実施要領では「年収の一割(限度額あり)を賞与において控除するのが望ましい」というものである。
 今回の事件では「特別控除」についての解釈が問われることとなった。
 5月29日の話し合いで、担当課長は金沢市の根拠ととして、「生活保護手帳別冊」「問384」にある臨時収入の取り扱いを指し、臨時収入のあるものを特別控除をするというものである。
 しかし、この「問384」は「臨時収入(賞与)のない勤労者について、毎月控除が適当な場合には毎月の均等控除もできる」と解説するために用意された問答である。
 さらに、6月29日の金沢市議会で市長は「国の基準があいまいだった」として、あいまいな基準をつくった国にその責任があるというものである。
 我々の指摘を受けての2007年度よりの改善については、「現在は社会状況が変化したので改善する、これは基準以上のプラスアルファであり金沢市の裁量である」というものであった。このことについては、5月29日の話し合いの際に「どういうふうに社会状況が変化したのか」との質問に、福祉事務所長は何も答えられず、担当課長も「社会状況が変化したため」と繰り返すのみであり、その理由すら答えられなかった。
 今回の事件ではこの実施要領の解釈を誤ったまま行政が続けられてきたという非常に特殊な事件である。
 そこで、あらためて「特別控除」について生活保護手帳の内容にしたがって明らかにしたい、なお文面として長くなるため、ごく一部を例示し検討するが、機会があれば関係する他の部分も見ていただくと、なおいっそう理解が深まるものと思われる。
 なお、あわせて「未成年者控除」についてもふれておく。
 まず、生活保護の解釈を学ぶときに最初に教えられるのが「小山進次郎 生活保護法の解釈と運用』中央社会福祉協議会1951年刊」である、生活保護制度を解明しようと時にはなくてはならないものである 。
 しかし「特別控除」は、この時点ではまだその言葉が出てこない、おそらく制度として明文されていなかったのではないかと思う、
 「特別控除」が出てくるのは以下の通知からである。
(以下引用)-----
○生活保護法による保護の実施要領について(昭和三六年四月一日)(発社第一二三号)
(各都道府県知事・各指定都市市長あて厚生事務次官通知)
(4) 勤労に伴う必要経費
(1)のアからウまでに掲げる収入を得ている者については、勤労に伴う必要経費として別表「基礎控除額表」の額を認定すること。
なお、新規に就労したため特別の経費を必要とする者については、別に定めるところにより、月額一万四〇〇円をその者の収入から控除し、 未成年者については、別に定めるところにより、月額一万一六〇〇円をその者の収入から控除すること。
また、就労に伴う収入を得ている者については、特別控除として、年間を通じ次の表の額の範囲内において必要な額をその者の収入から控除すること。
特別控除額 一級地一五万九〇〇円 二級地一三万七三〇〇円 三級地一二万三七〇〇円
-----(以上引用)
 この、昭和36年の厚生事務次官通知では各控除の種類と金額を定めたものである。この部分が生活保護手帳では、各控除の最初の説明で記載されている
特別控除についても、「年間を通じ次の・・額の範囲内・・必要な額・・」と記載され、金額は具体的に書かれたが、取り扱いの内容は詳細に記載されなかった。
 ここでいう「必要な額」としていることについては、働いた時間的なものや、能力の活用状況など「勤労に対しての貢献度」を裁量としていたのではないかと考えられる 。
 こういった表現だけではうまく徹底されなかったので、次の38年局長通知がさらに詳しく解説したのではないかと思われる 。
(以下引用)-----
○生活保護法による保護の実施要領について(昭和三八年四月一日)(社発第二四六号)
(各都道府県知事・各指定都市市長あて厚生省社会局長通知)
(2) 特別控除
ア 特別控除の年間控除額は、当該被保護者の収入年額の一割を限度とするが、年末における控除の適用に当り当該一割に相当する額が限度額をこえる被保護者で、就労の状態が良好であると認められる者については、限度額に一・三を乗じて得た額まで認定して差しつかえないこと。
-----(以上引用)
 ここで、「限度とするが」という表現があり、何か裁量を持てる要素のように書いているが、後ろの方で1.3倍まで増やすことが出来ると、その功労に対して割り増しの考えを認めている 。とすると、前半にはその反対である、功労を疑われるものや期待した能力活用をしないものに対するペナルティ的性格を持った処置として、「限度」に至らない場合も認めたと見るとどうであろうか 。
 ただ、この文脈をどうみても特別控除を「ボーナスを基準として」適用しなくてもよいと判断する性格の項目ではないと思われる 。もし、そういった条件を書くのであれば、この項でなく「イ」のように、別な項をたてて記載すると思われる 。
(以下引用)-----
イ 世帯員が二人以上就労している場合には、(1)のイによる収入年額の最も多い者については、アにより認定し、その他の者については、それぞれアにより算定した額に〇・八五を乗じた額を認定すること。
-----(以上引用)
 ここで、同じように働いたものに金額の差を付けているのはなぜか?、もし労働に対する経費という見方だけであるのであれば、同じ金額でなければ合理的な理由とならない 。
 この控除も含め基礎控除などでも二人目などに差異を付けていることを考えるならば、勤労に対する「功労」「推奨」的な性格をもって、勤労を自立更正に結びつけようとする表れではないかと思われる。
(以下引用)-----
ウ 控除は、臨時的収入のあった場合等適宜の時機に年間控除額を一回ないし数回に行なうことを原則とするが、収入の形態等により毎月控除することが適当である場合には、各月に分割して控除を行なっても差しつかえないこと。
-----(以上引用)
 この「ウ」の項目を持って、誤解したとの見方も指摘されている。
 控除を、「臨時収入」のあった場合と書いてあるために、それがあった場合だけに適用すると誤解したのであろうか。
 ここに書いてあるのは、どのタイミングで控除をするかという「方法」についての記載であり、誰について控除するとか、しないということはここには何も書いていない。
 しかも「毎月控除することが適当」といった表現は、「臨時収入」のないものに対しての控除方法の指示ではないかと思われる。
(以下引用)-----
(4) 未成年者控除
ア 未成年者(二〇歳未満の者をいう。)については、その者の収入から月額一万一六〇〇円を控除すること。ただし、次の場合は控除の対象としないものであること。
-----(以上引用)
 これを見てわかるように「未成年者について控除する」と書き、その除外規定として次の三点を書いている。
 ここには今問題となった、高校生やそれを思わせる表現はなく、アルバイトもだめなどといった、その就労方法についての記載も見あたらない。
なぜ、未成年者控除の除外として「高校生」がでてきたのかここでは想像すら出来ない。
(以下引用)-----
(ア) 単身者
(イ) 配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。以下同じ。)又は自己の未成熟の子とのみで独立した世帯を営んでいる場合。
(ウ) 配偶者と自己の未成熟の子のみで独立した世帯を営んでいる場合
イ 未成年者控除の適用をうけていた者が月の中途で成年に達したときは、その翌月から認定の変更を行なうこと。
-----(以上引用)
 以上が生活保護手帳でも昭和36年の厚生事務次官通知をさらに補完するために記載されている。
 そして、さらにその解釈を深めるために「生活保護手帳」には、厚生省(現・厚生労働省)に寄せられた「問」に対しての「答」を例示し、さらに内容を豊かにしている。
 以下、それらをさらに引用しながら検討する。
(以下引用)-----
○生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて(昭和三八年四月一日)(社保第三四号) (各都道府県・各指定都市民生主管部(局)長あて厚生省社会局保護課長通知)
-----(以上引用)
 この課長通知が問答形式で解明しているので、以下紹介する。
(以下引用)-----
問一五 授産施設で就労する者については期末、賞与等の年間臨時収入がないが、この場合特別控除は月割で毎月行なって差しつかえないか。
答 授産施設を利用して稼働収入を得ている場合であって年間一回ないし数回に控除を行なうことが適当でない場合は、月割で控除して差しつかえない。
なお、授産施設を利用して稼働収入を得ている場合と同様な収入形態にある者についての特別控除も同様に月割で行なって差しつかえない。
-----(以上引用)
 この問答にはそのまま言葉として臨時収入のないものの取り扱いをたずねているものである、臨時収入が無くても適用しても良いという考えはこれではっきりと読みとれる。
(以下引用)-----
問四四 年末において特別控除を行うことを予定していたが、臨時収入がないか又は少額であるために年間控除額の限度額(収入年額の一割に相当する額又は次官通知第七の3の(4)に掲げる特別控除額のいずれか少ない額とする。
ただし、当該一割に相当する額が前記特別控除額を超える被保護者のうち、就労の状態が良好であると認められるものについては、当該特別控除額に一・三を乗じて得た額とする。
また、世帯員が二人以上就労している場合には、局長通知第七の3の(2)のイにより当該世帯員についてそれぞれ得た額とする。)まで特別控除を適用することができない状態にある者については、一二月の当該臨時収入をもっては控除しきれなかった残額を、当該年度の末までの間に認定して差し支えないか。
答 お見込みのとおりである。
-----(以上引用)
 ここでも、臨時収入がないものを例示として取り上げている
 内容は、控除しようとする金額が収入が少なかったために全額控除しきれなかったので、後送りして控除しても良いかというものである。
 そしてさらに、「生活保護手帳 別冊問答集」として、さらにその細目の具体的運用の判断基準を問答形式で明らかにしたものがある(平成5年('93)の刊行以来、数々の改訂がされているにもかかわらず、改訂版等の刊行はされていいないので、それ以降この部分についても改訂がされている可能性もある、もしそうであれば、その情報をお持ちの方はお知らせいただきたい:広田)
 以下「生活保護手帳 別冊問答集」による問答集より引用し解説する
(以下引用)-----
「生活保護手帳 別冊問答集」問384
{臨時収入のない者の特別控除}
特別控除は、臨時収入が期待できない者については、何を標準として適用すべきか、それとも一律に毎月控除しなければならないものか。
「答」特別控除は、臨時収入のあった場合適時の時期に年間控除額を一回ないし数回に行うことを原則とすることとなっているが、臨時的収入のないものについては、収入の実態に応じて特別控除を考慮して差しつかえない。ただし、一律に毎月控除することは必ずしも本来の趣旨に合致するものではないので、その点については、特に留意し取り扱われたい。参照:局:第7−3−(2)−ウ :課:第6−15 :課:第6−44
-----(以上引用)
 金沢市はこの問答を根拠として持ち出してきた。しかし、逆にこの問答は、臨時収入がないものを例示として取り上げているものである。
 根拠として説明するなかで、「特別控除は、臨時収入のあった場合適時の時期に年間控除額を一回ないし数回に行うことを原則とすることとなっている」と、この文言だけを切り取って取り上げ、紹介し「それだから臨時収入のあったものだけとした」というものである
 この問答の、次の文言「臨時的収入のないものについては、収入の実態に応じて特別控除を考慮して差しつかえない」と有るのを見落としているのであろうか、また、「考慮して」という言葉を取って「自分たちが決める裁量」をこの言葉に求めたのであろうかそもそも、この問答は「控除の対象者」について尋ねているものでなく、控除のタイミングについて尋ねているものである。
 そして、その答えとして「毎月控除する」ということでなく、基礎控除とあわせて5ヶ月以内に控除すると聞いている問374に見られるように、本来の趣旨として年間分と認知できる方法が趣旨であるとするものである
(以下引用)-----
「生活保護手帳 別冊問答集」問378
{自営業者の特別控除}
自営業を営んでいる被保護者であって、臨時的経費の実際の所要額が、特別控除の限度額以下であると認められるときは、現に必要と認められた額を特別控除するにとどめてよいか。
「答」特別控除は年間を通じて定める額の範囲内で行うべきものであるから就労収入を得ている被保護者の臨時的職業必要経費が特別控除の限度内で賄われることが明らかである場合、その限度で特別控除を行うことが、保護の目的達成上妥当であって、勤労意欲を阻害しないかぎり、お見込みのとおり取り扱って差しつかえない。
 すなわち自営業を営んでいる場合の職業的経費は、当該事業収入からの必要経費としてその実費が控除されることとなっているので、特別控除の適用は、個々のケースの実態に応じて、取り扱わなければならない。参照:次:第7−3−(4):局:第7−3−(2)
-----(以上引用)
 自営業者に特別控除を問うのであるから、臨時収入がないものを例示として取り上げている
、文面を見てわかるとおり、特別控除についての実情に応じて適用するとしている
(以下引用)-----
「生活保護手帳 別冊問答集」問380
{内職をしている者の特別控除}
内職などの収入が少額の場合そのものが努力して就労している場合には、収入の一割を特別控除として認定してよいか。
「答」安定した内職であれば基礎控除、特別控除ともに認められる。
ただし、収入額の一割を機械的に適用することは、特別控除本来の趣旨に反するものであるので、就労状態をよく観察し、他の者との均衡を考慮して認定することとされたい。参照:局:第7−3−(2)−ア
-----(以上引用)
 これも内職者に特別控除を問うのであるから、臨時収入がないものを例示として取り上げおり、積極的に安定した収入を得ることを誘導するように、特別控除を適用することを解説している
 以上が、私が関連すると思われる生活保護実施要領を記載した「生活保護手帳」および「生活保護手帳 別冊問答集」の内容から検討したものである。
 これ以外に根拠があるとは考えられないので、金沢市が述べていることについては、この検討を見る限りでは何ら根拠がないばかりか、実施要領に違反している。
 
 
4,高校生への「未成年者控除」について
 
 高校生への「未成年者控除」について担当課長は当初「高校生は学業が本分だから働くことに控除をしては自分の小遣いが増えるので、学業がおろそかになり趣旨から反する」という理由を主として説明してきた。
 しかし、5月29日の話し合いの時点で金沢市の「高校生に対する未成年者控除未実施」を正式に確認したところ、その根拠は、仙台市の取り扱いのなかで、高校生の収入はすべて学業に必要な経費と考え収入認定しない。 そのため未成年者控除をする必要がないので、その控除をしないでも良いかと厚生省に問い合わせたところ、厚生省からそれはしなくても良いと、文章で回答がされた。
 これは厚生省が文書で「高校生が未成年者控除をしなくても良い」としている、これをもって金沢市はその控除をしないことは正当であるというものである。
 私たちは、その前の学業が本分であるという理由は「特別控除」の解釈でも紹介しているように実施要領でも何もふれられてなく、そのことが根拠とならないとしてきた。
 さらに、この5月29日の金沢市の回答は、仙台の場合はそもそも収入認定しないものであるから控除する必要もなく、そのことをもって、金沢市が未成年者控除をしなくて良いという理論は全く成り立たないことである。
 
 
5,「実施要領」のあり方

 生活保護事務の実施にあたっては、「生活保護法」にもとづき国が定めた認定基準である「保護基準」「保護の実施要領」「医療扶助運営要領」「介護扶助運営要領」その他通知等に基づいて執行されており、地方自治体の判断に委ねられる余地はなく、実施状況に幅が生じることは論理的にも現実的にもないとされている。
 今回の事件で金沢市長は、市議会で「国の基準があいまいだった」と発言し、あいまいな基準をつくった国にその責任があるとしている。
 実施要領は生活保護の具体的な実施にあたっての基準額や取り扱い方法などを、「生活保護手帳」として編集され、各福祉事務所では業務バイブルとして、「生活保護手帳」にもとづき業務を行っており、この内容が各福祉事務所で解釈が違うということがないように、さらに「別冊問答集」などで補足しているものである。
 これらでもわかるように、長い歴史のなか解釈の紛らわしいものが、重ねての通知通達や疑義解釈などで淘汰されてきている。
 もし、金沢市のいうような解釈が成り立つのであれば、どこの福祉事務所もこぞって今回発覚したようなこの方法を取り入れ、金沢市では単年度、1千万円といわれる削減をできるのである、極端にいえば「生活保護法」に書かれていること以外、たとえば毎年の通知で変更される「金額」や、その他取り扱いなども裁量として勝手に決めることができることになり、このようなことが現実的でないことは明らかである。
 生活保護行政では、上級省庁の指導監査もこの実施要領の内容で行われ、各福祉事務所はそのことを認識しその指導にしたがい、全国統一の解釈がされているものである。
 さらに生活保護受給者がその内容に違反した場合は、生活保護法63条などにもとづき受給者に対する法的措置の根拠として返還命令を出しているものである 。
 これらのことを一番よく理解しているのは行政当局である、今まで何年にもわたって生活保護行政の改善を求めて運動してきた私たちの要求に対して、予算も伴わないものや予算としては少額な要求であってもその実現を拒んできた行政当局が、今回の事件では確認の話し合いの前にすでにその実施方法を改善してきていた。このことからみても事態の大きさがうかがわれる。

 
6,貧困と格差社会について考える

 以上今回の事件の概略とそれぞれの解説を書いてきたが、今まで長く生活保護制度とかかわってきた私にとっても、今回の事件はいろいろな観点から大きな発見があった。
 まず、今回の事件をめぐっての行政の対応である。
 結果として実施要領どおりの運用とさせることができたが、金沢市からは謝罪も遡及もされていない。
 私は生活保護制度だけでなく税金・教育・保険など、ありとあらゆる暮らしに役立つ制度の改善を求めて、長らく役所と関わってきた。外から見る役所の仕組みと現実の姿はこれから書く私の思いと違うかもしれないが、私の感じるままに今回の事例をとおしての思いを書いてみる。
 今回の事件の発端である受給者の方が、まず制度の中身に疑問を抱いて尋ねたのが自分の受け持ち地域の担当生活保護ケースワーカーである。
 その時点で担当の上司にも報告されていたようだが前の居住地でそれが適用され、金沢市でそれが適用されないということに疑問を持たず「金沢市では実施していない」との回答をしているのである。
 生活保護ケースワーカーと呼ばれる「社会福祉主事」が20人以上在籍し、スーパーバイザーと呼ばれるワーカーを指揮監督する職員である「査察指導員」が3つの各係長をつとめ、さらに課長補佐そして課長など総勢30人近くの専門職集団が日々業務に専念しているなかで、なぜ、このような単純な間違いが長年おこなわれてきたのか。
 そして、改善はされたものの、いまだに誤った運用ではなかったとしている。
 今回の事件のなかで、私も実際にいくつかの県内福祉事務所に電話でこれらの実施要領の解釈を尋ねてみたのだが、日常的にそういった方法で業務をしている彼らは当然の解釈であり、その中で経験の長いケースワーカーは金沢市の方法の違法性を指摘している。
 結局、福祉事務所ぐるみで市長までもが、今回の見直しは「プラスアルファ」であって、市民のために改善をしたと、自らの汚点をひた隠しにする体質のままである。
 これでは、今現在もこのような法令尊守違反事例があるとしたらどうであろうか、そのようなことがあるかもしれないという予測にたった危機管理対策も無いのであるとしたら、部内からの自助浄化作用は働かないことになる。
 誰のために、なんのために業務をおこなっているかと考えたときに、公務員である彼らは法律に基づき、市民のために公平に公正にその職務をおこなうことが必要である。
 食品偽装事件や年金、防衛省汚職などで、国民がさまざまな偽りにだまされた怒りをあらわしているが、「役所はそういったものだ」とのあきらめにも似た今までの思いが「それでは駄目だ」と市民の側からの動きがおきているのかもしれない。
 貧困者・弱者の救済をおこなう最後のよりどころであるのが金沢市生活支援課のはずである。私たちの働きかけもそのような観点に立って、ただその事例に対して怒りをぶつけるだけでなしに、システムとしてそのようなことがどうやって防げるかをもっと研究する必要があると感じた。
 具体的には、「職員の資質の向上」「職員集団の意識向上」「外部からの検証システム」などが考えられる、さらにそれを実現するためには市民の参加と、複雑な通知通達に基づく生活保護行政のあり方の検討など多くの課題があると思われる。
 また今回の事件の発端となった当事者の方は、結局自分が関わることをおそれ利害関係当事者として参加することを拒否した。
 いろいろな事情があるものと思われるが、当事者が参加せずたたかわない要求や争いは改善されることが困難である。
 生活保護をめぐる要求運動、低所得者や生活困窮者が当事者となって社会に影響を与えるような運動は、私の経験上もとても困難な取り組みと思われる。
 結果として当たり前のことであるが、その要求は実現されずさらにそういった立場の人たちの地位も向上されず、生活も保障されない状態であり、さらに貧困となり格差が拡大するのである。

 
7,行政の対応のなかで

 次に、上級省庁である石川県厚生政策課とのやりとりを紹介する。
 市とのやりとりで問題点が明らかになってすぐに、電話で、金沢市のこれまでの誤った対応についてどういった対応をするかなどについて何度かの電話やりとりをした。
 当初県の担当者と名乗る係は、金沢市と話をしたが各福祉事務所の「個々の裁量」であるので、あなたと金沢市の当事者同士で話をするようにとの案内であった。
 県として「特別控除のあり方」についてどのような正式見解を持つのか尋ねるが、担当自身の「感想程度」の回答しかしないため、正式な回答を「厚労省」などと協議し返答するように要望した。
 その後、再度見解を尋ねたところ、厚労省も「個々の裁量」だと返答したとのこと、それが正式な回答なのかと尋ねても、電話に出たものが「そう言った」ということで、その厚労省の回答者の名前も聞いていないとのことであった。
 そこで、その係の上司に見解を尋ねたところ、一応自分が県の正式な回答をする立場だといいながら、最初に話をした係の見解がすべてだというので、詳細に説明し「あなたがその責任を負うことになるがその回答でよいのか」と尋ねると、「もう一度自分が調べるので時間がほしい」ということで、再度返事をもらうことを約束し、さらにその後、直接県庁厚生政策課を訪ね、担当した係とその上司という方と面談するが、まだ調査中とのことで、こちらの見解を詳しく述べてきた。
 その後、県議会議員の仲介を経て、県庁内で厚生政策課課長と面談、課長は実施要領を見ると市の判断には疑問があるので、市の根拠を聞いたうえで調べて回答すると約束、担当対応は不十分であったと謝罪した。
 その後の新聞報道によると「金沢市と加賀市に対応の見直しを検討するように指導した」となっている。
 以上石川県の対応の概略を紹介したが、この対応のなかで金沢市との違いは、現状の説明はするものの私たちの主張には耳を傾け、そのことに対して正確な判断を自ら求めることであった。
 当初は金沢市の説明をそのまま受けとめ、私にもそのまま説明しようとしていたが、実施要領の内容について自分で考えてもらうよう提起し続けるなかで、その内容を読み直し金沢市への実施要領解釈を指導したのである。
 これらをとおして、そういった行政内部の情報や法律知識の持つ必要のない市民の代弁者として、こういったことに支援されるシステムとしての形が保障される必要があるとの思いを痛感した。
 
 
8,教訓としてさらに考える
 
 先に書いた内容をさらに上書きする形となるが、今加速度を増し進行している貧困と格差社会の広がりを見るときに、それを解消する手だてとして感じることを書いてみたい。
 一言でいうと「生活保護利用者の立場に立った行政だったか」が今回の事件の私自身の感想であり、私自身もこの事件をとおしてあらためて考えさせられたことである。
 今回の発端となった方は昼夜と二度働いている、しかも病気を抱えて自らも身体的苦痛を抱えながら就労指導にこたえるかたちで働いてきた、また少しでも収入を増やそうと家族の高校生も就労している。
 市の担当者は、他では適用されていた特別控除について聞かれた際に「無い」と答えながらその制度について調べているはずである、そのなかで、市が実施していないということに疑問を持たなかったのか、昼夜働く世帯に対して少しでも収入が増え、高校に通う子にも学業に専念できるように考えるべきではなかったか。
 金沢市の職員からは、幼い子を家に残し夜働く母親の気持ち、全国的にはそういう家庭で夜間に子どもが焼死するという事故なども多く聞く、そういったことに対する見守りを配慮する発言はなかった。
 当初からの金沢市との話し合いでは、そういった立場からの制度に対する考え方の見直しを示唆する発言はなく、これまでの自分たちの立場についての説明や弁解に終始しているばかりであった。
 このことについて私は、私自身も役所は「対応が悪い」ということを前提とし過ぎていないだろうかと反省した。
 役所の職員が「生活保護世帯の幸せ」が「自分たちの業務の喜び」となるような観点での働きかけ方について検討したことがあっただろうかと、振り返って考えるようになった。
 利用することで、人として自立できる生活保護制度にすることが必要である。(厚労省が言う自立と同じではない)
 それには、当事者である生活保護受給者、行政の職員、そしてそのことに関心を持つ市民が関わることが必要である。
 そして、生活保護制度を利用している人だけでなく、日本国民すべてが生活保護制度に対する偏見を無くし、誰でもが人生のアクシデントを乗り越える時に気軽に利用できるようになるのである。
 
 
9,最後に「被害弁済が真の解決」
 今回の解釈誤りは、生活保護法 「第一条」の目的を実現するための「第八条(基準及び程度の原則)@保護は、厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銘又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」にある「厚生大臣の定める基準」を定めるための「通知」「通達」であり、これは法そのものとしての解釈が成り立つ部分である。
 したがって、今回の「実施要領」違反は法令違反でありその被害を弁済することが求められる。
 被害金額を一円も漏らすことなく追支給することが必要であり、法に違反した時点である、昭和36年より遡及されるものである。 遡及の時効についてはその時効の訴えの内容に応じて有効かどうか判断がされる。
 そして今まで生活支援課の対応を「何一つ疑わず信じてきた」該当世帯に対して、市政の責任者が個別に真摯な態度で謝罪することが必要である。
 そして、二つの控除もれの他にも控除漏れや、支給すべき項目の漏れがないかについて調査し、調査結果を市民に報告すること、そのことが今後こういったことが起こらない対応策となるものである。
 
 
 











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