馳浩の古典こらむ

 かぎりなき           
 雲居のよそに別るとも
 人を心におくらさむやは

読人知らず
古今和歌集
巻第八 三六七


 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)から15名の日本人妻が一時帰国を果たした。帰還事業に応募した夫と共に北朝鮮に渡ってからすでに38年が経過している。どうして彼女たち(およそ1,800余名)が北朝鮮に渡らねばならなかったのか。そして38年も里帰りできなかったのかを私たち日本人は改めて考え直さなければならないのではないだろうか。

 彼女たちの夫のほとんどが、戦前、戦中に朝鮮半島から強制的に連れられてこられた労働者。

 いわば国家間の争いの犠牲者。にもかかわらず彼らと恋をし、結婚することに家族や周囲の者は差別をし、恥とさえ決めつけて大反対。日本人社会から疎外された結果、やむなく『地上の楽園』と宣伝された夫の故郷に渡ったのである。そして両国の国交が断絶したまま今日に至ったということ。国際政治の大きな渦に呑(の)みこまれた運命と言えようか。

 第一陣の帰国者と時を同じくして与党訪朝団が北朝鮮に渡った。お互いの顔の見えるつきあいがあってこそ関係改善の道は一歩前進する。日本人妻の一層の帰国実現と、両国の直接対話を願うものである。この歌は『はてしなく遠い雲のかなたにまで行ってあなたと別れるとしても、あなたを私の心から取り残して行くことはありません』という意味。

 やむにやまれぬ事情があって北朝鮮に渡った日本人妻を責めることはできない。彼女たちは心の中に肉親に対する情を持ったまま38年間を過ごしたのだから。今はただ『おかえり』と言ってあげたい。

(エッセイスト・小矢部市出身)

 


[戻る]