馳浩の古典こらむ

 (ふた)もとの
 梅に遅速
(ちそく)
 愛す哉
(かな)

与謝蕪村 よさぶそん
1716〜1783
蕪村句集


 同部屋対決。優勝決定戦を制したのは大関貴ノ浪だった。決まり手が「かわづ掛け」とは、ふところの深い長身力士らしい奇策。
 貴ノ浪はこれが幕内初優勝。それも小学生の時以来の優勝体験。うれしさもひとしお。セレモニーの合い間に館内から飛んだ「にっぽんいちー」の掛け声に、ただただ涙でこたえる姿には、東北人らしい純朴さを感じさせた。
 決定戦の相手、横綱貴ノ花は彼にとって弟弟子にあたる。入門時から常にスポットライトを浴び続ける後輩の姿を、兄弟子はどんな気持ちでながめていたのだろうか。ましてや後輩は、順風満帆の成長ぶりでいつの間にか先輩を追い越し、角界の最高峰にまで昇りつめているのだから。その心中や想像に余りある。
 決定戦の大一番。私はテレビ桟敷(さじき)で観戦した。前場所の若貴兄弟対決をはるかにしのぐ意地のぶつかり合いだった。この取り組みに臨む貴ノ浪の形相は、自分の土俵人生すべてをさらけ出す気合いに満ちており、観(み)る者を圧倒した。

 蕪村の句は「庭の二本の梅の木のうち、一本は早く咲き、一本は遅く咲いた。遅い早いは自然のいたずら。どちらの梅も私は愛す」というもの。

 貴ノ浪と貴ノ花の出世街道を重ねることのできる句だ。速く出世したから良い、遅いから悪いというものではないということだ。
 相撲を愛し、厳しい稽古(けいこ)に励み、ともに大輪の梅の花を咲かせた両力士に、私は拍手を贈りたい。とりわけ、横綱を倒した貴ノ浪に−。


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