馳浩の古典こらむ

 行秋(ゆくあき)の         
 草にかくるる
 流れかな

加舎白雄 かやしらお
1738〜1791
白尾句集


 巨人軍の原辰徳選手が、今シーズン限りで引退する。高校、大学、プロと華々しく活躍し、スポットライトを浴び続けてきたにしては、去り際は静かであった。
 プロスポーツの選手には、感情の起伏の激しい情熱家タイプと、黙々と自分の役割をこなす求道者タイプがいると見受けられる。
 彼は、巨人軍の四番打者という、最高にステイタスのある立場にいながら、常に礼節をわきまえた人格者としてふるまいに終始。
 そこが、熱狂的なプロ野球ファンにとっては奥ゆかしくもあり、また物足りなくもあった。
 引退式において「私の夢はこれからまた新たに始まります」と少年のような瞳(ひとみ)で語り、東京ドームにつめかけたファンに温か味を与えた。
 いかにも彼らしい去り方であり、愛されるスポーツマンの典型であろうか。
 体力の限界を悟り、一線を退く時の心情とは、行く秋を迎える季節感のようなもの。わびしくもあり、心寒い。

 この句はわかりやすく、そして深い。
 枯れた草が流れの上に伏し、流れはその下に隠れて見えない、と冬近い野の情景を切り取っただけの句である。

 目をつむり、静かに思い浮かべてみよう。
 原選手の長年にわたる情熱の流れが、今、秋草によって覆い包まれてしまったことを。
 そして、目に見えなくとも、彼の「夢の流れ」はいつまでも絶えることなく続いて行くことを。原選手、ありがとう。


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