馳浩の古典こらむ

 青葉さへ
 見れば心の とまるかな
 散りにし花の 名残と思へば

西行1118〜1190
山家集


 テレサ・テンさんが42歳の若さで亡くなられた。ずっと病気を患っていたわけでなく、突然の死であっただけに、ファンである私たちは未だに信じられない。
 彼女の存在をずっと気にしていたわけではないけれど、カラオケで「別れの予感」「愛人」「時の流れに身をまかせ」などを歌うたびに、彼女のせつなげな表情を思い起こして一人悦に入ってしまうのは、私一人ではないだろう。
 天安門事件が中国で起った時は、彼女は世界に向けて歌を歌っている時とは正反対の厳しい表情でマイクをにぎっていた。
 せつない女心を歌っていた彼女の心の内に、こんなにも祖国を思う望郷の念があったことを思い知らされてびっくりしたことを覚えている。それ以降、彼女の歌には深いメッセージがこめられているのだと実感しながら歌詞に注目したものである。

 西行の歌は、上句と下句が倒置されている。
 「散ってしまった桜の花のなごりと思うと、青葉でさえも心にしみる趣 がある」

 生涯桜の花を愛した西行は、その散ってしまった後の情趣も印象深かっのである。
 青葉が目にまばゆい季節に姿を消したテレサ・テンさん。
 彼女は桜の花のように見事に咲いた後、パッと散ってしまった。けれども、花の残してくれた形見と思い、彼女の歌の数々を、青葉を愛(め)でるように心に留めておきたい。


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