馳浩の古典こらむ

 あひみての
 のちの心に くらぶれば
 昔は物を 思はざりけり

権中納言敦忠 あつただ906〜943
拾遺和歌集 巻十二 恋二 710


 金融業界再編の時代である。長引く不況。バブル経済崩壊の後遺症。引き続く円高、株安。不安定な政局。行く先の見えない日本の経済を立て直して乗り切って行くためには、大型都市銀行の生き残りをかけた合併が急務と見られている。
 そこで、三菱銀行と東京銀行の合併である。
 平成八年の春に実現ということで、対等合併に合意した両行の記者会見は、どう見ても相思相愛の恋人同士の「婚約発表」に映った。
 三菱銀行は国内部門の収益は他の都市銀行と比べて遜色(そんしょく)ないのに、国際部門では大きく立ち遅れていた。逆に東京銀行は、国内部門には弱かったが国内唯一の為替銀行として国際部門に抜きん出ていた。
 つまり、お互いの弱点を補い合う理想の結婚と言えるわけだ。かくして世界最大規模の銀行が誕生することになるわけで、日本の金融業界にとっては一筋の光明と言えよう。

 この歌の意味は、「恋しい人と結婚したあとの、今の私の心に比べてみ ると、お互いが知り合う以前には恋の物思いなどと言えるような気持ちを抱くことはなかったなぁ」

 恋の物思い(恋わずらい)とよく言われるが、理想の相手とめぐり逢(あ)って後の心こそ本当の意味で悩みが深い、と言うのである。
 三菱銀行、東京銀行のどちらも力があって規模が大きいだけに、合併後の諸問題もこれまで以上に多々あることだろう。合併しただけでめでたし、とするのでなく、国民生活の不安を経済的に解消するための一助となるよう、活躍を期待したい。


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