馳浩の古典こらむ

 しみじみと            
 子は肌へつく
 みぞれ哉

秋色 しゅうしき
1669〜1725
三上吟


 阪神大震災から5日後、神戸の街に冷たい雨が降りはじめた。
 震災に追い打ちをかけるような自然の仕打ちに、この世には神も仏もいやしないのかと憤りを感じた人も多いだろう。
 着のみ着のまま逃げのび、避難所での生活を余儀なくされているたくさんの被災者たちにとっては、よけいにせつない雨であったにちがいない。
 家屋の下敷きになって亡くなった方もまだそのまま。行方不明者もガレキの中に埋まったまま。そんなところへの雨は無情だ。
 あまりの惨状。あらゆる動きが止まってしまったような死の街と化した神戸。
 だが、そんな中でも小さないのはしっかりと息づいていることを見せつけられた。
 こどもたちが、母の肌にすがりつく姿がテレビの画面に映し出されたのである。冷たくわびしく降る雨の中、赤ん坊たちも心細く、人恋しくなるのであろう。不安をかき消すように、母親のあたたかい肌にすがりついている。その姿には「生きていて良かった」という安らぎと「生きのびよう」という強い意志が感じられた。そんな時にこの句が目についた。
 作者の秋色は女性。
 この句は、女性らしい視点で母と子の幸福感を描いたものである。
 冷たい雨。肌のぬくもり。母と子のしあわせ。それが妙なコントラストで「生きる」ということのありがたさを教えてくれている。

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