『二面性』 週一回の森派昼食会。派閥や党内や衆参国対の情報交換の場。スパゲッティをいただきながら、森会長の(長い)あいさつに耳を傾ける。
「今朝、私の地元新聞に目を通すと、馳君の記事が大きく載っていました。」
「お、馳さんはまた何かやらかしたのか!!」とからかう先輩たち。
「見出しには、二つの役職の間で苦悩する馳氏、とありました。党の厚生労働専任部会長として、セーフティネットとなる雇用対策中心の補正予算を早急に編成すべしと主張する本音。
もう一つは、わが派の中川秀直国会対策委員長の下で副委員長をつと める部分。本音では補正予算の必要性を声高に主張したいにもかかわらず、小泉内閣を支える国会運営の裏方役としては、指示に従って根回しに動かざるを得ない苦悩、というわけだね。」ニヤリと笑いながら私をにらむ森喜朗。肩をすくめて静かにスパゲッティをかみ砕く馳浩。
森会長の解説はさらに続く。
「確かに国対副委員長として小泉内閣を支えることは大切だ。我々森派としても、小泉さんの出身派閥だし、福田官房長官、塩川財務大臣、細田沖縄・北方、科学技術担当大臣を出している手前、内閣を支え国会運営を円滑に進め、党運営にも指導力を発揮して各派の意見調整をしなければならないのは当然だ。しかし、それと、一国会議員として政策提言で声を上げるのは別問題だョ。」
アレ、と私はちょっとびっくりした。(ということは小泉さんの不良債権処理加速策やデフレ対策については森会長も腹にイチモツあるんだな)とピンと来たわけだ。
「馳君、派閥というのは政策提言集団だ。研鑽を積み、あるいは提言を受けて自分が 良かれと判断したならば、正々堂々と信ずるところの政策や方針の声を上げたら良い んだ。何ら小泉さんや竹中さんに遠慮することはない。国会議員はそもそも国民の代 表なんだから。」
私はスパゲッティをのどにつまらせながらその意見を神妙に聞いた。ともすれば体育会的な上意下達の思考回路を働かせる私は、「今は国会運営になるだけ障害となるような論陣には組みしないように」と消極的だった。しかし、それでは国政という大局において大切なもの(=くらしの安定)を見誤まってしかねないところだった。スパゲッティの太い束をぐいっと飲み干しながら、私は連合幹部からの陳情に答えていた麻生太郎政調会長の言葉を反すうしていた。
森派昼食会の前日。衆議院内の控室。麻生政調会長、長勢甚遠政調副会長、中島真人厚生労働部会長、そして厚生労働専任部会長(労働担当)である私の4名は、草野 事務局長をはじめとする連合幹部6名から雇用対策を中心とする経済運営についての 陳情を受けている。
ひと通り連合の主張をうかがってから、麻生さんは苦し気なしぼり出すような声で答え始めた。折しも、竹中大臣の不良債権処理加速策の中間発表を前夜延期させたばかりだ。
「不良債権処理を加速させれば景気が上向いて、失業率も下がるなんで議論は幻想だ。この点において連合の皆さんとは私は意見の一致を見る。いかに雇用を守りながら、新たな不良債権を生み出さないように企業活動を持続させるか、再生をはかるかだ。
『大銀行や大企業をつぶせないなんてことはない』という竹中さんの不用意な発言は、日本人の国民感情には合わない。そのためには資産デフレを一刻も早く阻止すること(土地流通課税見直し、相続税や贈与税見直しなど)と、セーフティネットの整備(中小企業への円滑な融資の確保、失業者、雇用確保対策などの補正予算編成)が絶対に必要なんだ。
でもなぁ、ライオン丸が威勢良く吠えていると、国民も『そうかなぁ』と思っちゃうんだ。我々がいっくら叫んでも、小泉さんの経済政策を転換させることはできない。でも、でもねぇ、日本には日本型の経済運営が必要なんだ。連合の方からも大きな声をあげて下さいネ。」
と最後は同調を求めるほどの返答だった。
総理大臣の権限が強大であることは我々も知っている。
しかし、だからといって国会議員が無力感を持ってはならない。
信ずるところを、党内や国会や派閥の中からでさえも、発信し続けなければならない。
小泉さんのやり方に、元親分の森喜朗も、自民党政調会長の麻生太郎も、抜き差しならないほどの不満をためこんでいる。
それぞれの人間関係は、一面。
しかし、国民のくらしを守るための大義はもっと大切な一面。
この二面性を調整することこそ、政治力。