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(月刊「生活と健康」99年5月 no,814 )




「生活保護」最近の特徴と4月から変わった点、介護扶助について




 厚生省は、今年四月一日に生活保護基 準と実施要領の改定を行いました。来年 四月の介護保険実施に伴って、生活保護 に介護扶助を創設する準備をしていま す。
 「地方分権の推進を図るための関係法 律の整備等に関する法律案」 (地方分権 一括法案) が現在開催されている通常国 会に提出され、生活保護法の一部改定が されようとしています。「社会福祉基礎 構造改革」 の名のもとで、社会福祉事業 法の改悪が狙われています。
 こうした改悪で生活保護行政が大きく 変わろうとしています。
 また、長引く大不況や各制度の改悪、 膨大な失業者など国民の暮らしの悪化 は、ますます生活保護を必要とする人を 増大させています。
 この小論では、生活保護をめぐる情勢 の変化を明らかにして、全生連のこの分 野での運動の発展にとって大事だと思わ れる課題を明らかにします。
 厚生省が、地方分権一括法と社会福祉 事業法の改定で、生活保護行政をどう変 えようとしているか、については別の機 会にゆずります。


四月から生活保護は どう変わるか

わずかばかりの引き上げ率に抑えた 保護基準

 四月の生活保護基準の改定では、標準 三人世帯の生活扶助基準は対前年度比で 〇・三%とわずかな引き上げとなってい ます。昨年度は〇・九%の引き上げであ り、昨年度の比較でも引き上げ率は三分 の一となっています。
 これは、最近の生活保護世帯の急増に 伴う、予算の増大を抑制することを狙っ たものです。 同時に、低い伸び率になっ ているのは、厚生省が生活保護基準を一 般世帯の消費支出の六八%程度に押さえ る 「消費格差均衡方式」をとっているこ とにも大きな原因があります。
 生活保護基準の設定は、「国民の健廉 で文化的な最低限壇の生活」 にふさわし いものでなくてはなりません。厚生省の こうした基準設定は、憲法や生活保護法 の目的に反するものです。


運動を反映した点もある実施要領

基準の改定とともに生活保護の実施要 領も一部改定されました。
 その主な内容は、次の通りです。
@ 保護開姶時の手持ち金の扱いについ て、最低生活費(医療扶助を除く) の五 割の保有を認めることにしました。今ま では三割程度は認めてきましたが、はじ めて実施要領で明記し、今後五割までは 収入認定されないことになりました。
A 保護開始時の生命保険の保有を認め る基準についても、はじめて明記しまし た。保険料額は、最低生活費(医療扶助 を除く) の一割程度以下を目安として保 有を認め、解約返戻金については、最低 生活費(医療扶助を除く) の三か月分程 度以下を目安として認めることになりま した。
B 自動車の保有条件が緩和されまし た。自動車で通勤する場合の保有につい ては、今までの障害者と山間へき地など 地理的条件や気象条件が悪い地域に居住 する人に加え、今年から都市であっても 深夜勤務などの業務に従事している人も 保有を認めました。
 障害者に限っていますが、利用できる 公共交通機関がまったくないか、利用す ることが困難な場合は保有を認めまし た。
 ただし、知事の承認が必要です。この 障害の程度について、厚生省は 「身体障 害にあっては下肢、体幹の機能障害や内 部障害などにより歩行に著しい困難を有 する場合、知的障害にあっては多動、精 神障害にあってはてんかんが該当」とし ています。
C 就労に必要な原動機付自転車を購入 する場合、従来は中古のみ購入が認めら れていましたが、新品もよいことになり ました。
D 借家などの契約更新時に更新料が必 要な場合は、知事が定める家賃の特別基 準の一か月分が支給されることになりま した。
 今までは東京都や千葉県などの一部の 地域で支給されてきましたが、全国に広 がることになりました。一か月分をこえ る特別な事情があるときは、厚生省と協 議することにしています。


福祉事務所の「職権による保護」を 指示

 厚生省は、今年三月五日に生活保護関 係全国係長会議を開催しました。
 そのなかで、一二三号通知にもとづ き、引き続き生活保護のしめつけを強め ることを指示しました。同時に、「昨今 の経済・雇用状況等を反映して、都市部 においてはいわゆるホームレスが増加し ているところである。これらの者への生 活保護の適用についても、生活実態等の 厳正な把握と保護の要件の確認が前提と なるが、急迫した状況にある場合には、 これらの保護の条件の調査の結果を待た ずに保護することができるので、ご留意 の上、高齢者、病弱者等に配慮しっつ、 保護の実施に遺憾なきようにされたい」 と指示しました。
 これは、一九九六年の東京・豊島など の餓死事件で、厚生省が社会的な非難を 浴びたことを繰り返したくない、との思 いがあらわれたものだといえます。ま た、「職権による保護」を指示したこと は、私たちをはじめとした「餓死・孤独 死をなくせ」 の運動の一定の反映と言え るのではないでしょうか。
 以上のように、今年四月からの基準と 実施要領の主な改定には、私たちのこの 間の粘り強い運動による成果を多く含ん でいます。
 全生連・各組織は、家賃更新料や手持 ち現金、車など資産保有をめぐる要求 を、自治体交渉や福岡での二つの裁判な どで取りあげ、運動してきました。それ ぞれ、生活保護世帯の実態からすれば、 不充分さはありますが、私たちの運動が 確実に厚生省の生活保護行政を動かして いることは明らかです。
 また、これらの成果は、ひとり一人の 暮らしの実態に基づく運動の成果である ことに注目する必要があります。生活保 護の実施要領は、法的な強制力をもっ て、国民が従わなければはならないよう なものではありません。あくまでも、生 活保護法の実施上の目安、例示を示した ものです。したがって、大事なことは、 実施要領のワク内から要求を見るのでは なくて、ひとり一人の暮らしの実態と要 求にもとづく運動をすることです。
 全生連副会長の鈴木正和氏は、最近、 雑誌の法律時報五月号(日本評論社) に  「生活保護・加藤人権裁判をともにたた かって」という論文を寄稿しました。
 そのなかで、鈴木氏は裁判勝利の教訓 として「具体的事実・実態こそが裁判官 を動かし、世論を動かすことを改めて示 したことです。私は大学生のときに朝日 訴訟を知りました。当時の生活保護基準 が一年に一枚の下着、二年に一枚のシ ャツ』、毎日喀血する結核の重症患者に チリ紙一日一枚など、朝日茂さんの生活 実態と、それにそぐわない保護基準の非 人間性に驚き、怒り、やがてこの訴訟を 支えた日本患者同盟の専従者になり最高 裁段階をともにたたかいました」と、自 らの体験も重ね合わせて述べています。
 秋田県のある小学校の憲法学習で加藤 裁判が取り上げられ、「三日間で塩サバ 一本を食べ、六年間で衣類二枚だけなん てとても信じられません。ぼくが加藤さ んなら、最後の頼みとして再審査をお願 いした厚生大臣から五年たっても返事を くれないことをとてもうらみます。腹が たって裁判に訴えたのは当然だと思いま す」との、小学六年生の感想文が紹介さ れています。


介護保険導入にともなう 介護扶助の新設

次に、二〇〇〇年四月からの介護保険 の導入にともなう介護扶助の新設につい て述べます。
 厚生省は、今年度、生活保護の指定介 護機関の指定、今年十月から始める要介 護認定のための介護認定審査会との委託 契約など、事務的な準備をすすめていま す。ここでは、介護扶助で保険料と利用 料がどうなるか、のあらましを紹介しま す。


保険料の負担はどうなるか

 六十五歳以上の人(介護保険の一号被 保険者) の保険料は、生活扶助から支給 されます。
 老齢年金が月額一万五千円以上の人 は、年金から保険料分が天引きされ、そ の金額が収入認定額から控除されます。 その他の年金や無年金者は、生活扶助費 として支給されます。
 四〇歳〜六四歳の人は、介護保険の加 入者にはなりませんので保険料負担はあ りません。ただ、社会保険(政管健保・ 組合健保など)に加入している人は、社 会保険料に上乗せして徴収され、収入認 定額から控除されることになります。
 問題点としては、年金や社会保険から 天引きされない六五歳以上の直接市町村 に納入する人たちが保険料を滞納した場 合です。
 この点について、厚生省は 「本人から 委任状をとり、実施機関(福祉事務所な ど) が代理で納付」するとしています。 しかし、この「代理納付」は、生活扶助 を受けている人たちだけで、医療扶助単 給などの人たちはできない、ことになっ ています。こうした人たちが保険料が払 えない時は、生活保護法第二七条の 「指 導・指示」違反として、保護の停止、廃 止などが検討されることになります。
 ただ、厚生省は、保険料滞納による介 護保険給付の制限がされた場合であって も、「介護扶助は、介護保険一割負担相 当分を保障するものではなく、介護扶助 の対象となる介護サービスにかかる介護 需要の充足全体を保障するもの」という 理由から、介護扶助基準と比較して不足 する分は保護費から給付するとしていま す。


給付と利用料、手続き

 次に給付と利用料はどうなるのでしょ うか。  基本的には、生活保護法の 「他法他施 策優先」 の原則にもとづき介護保険から 九割が給付され、一割 が介護扶助料として支 給されます。ただ、四 〇歳〜六四歳の介護保 険に加入できない人た ちは、介護扶助料とし て一〇割が給付されま す。
 手続きは、今年十月 から福祉事務所などに 申請を行い、介護認定 審査会の認定を受けま す。そして、生活保護法の指定介護機関 の指定を受けた介護支援事業者に介護サ ービス計画を作成してもらいます。基本 的には医療扶助の医療券方式と同じ、介 護券が発行されて現物による給付がされ ます。介護扶助の給付手続きは、図(一 九ページ)



 のようになります。
 主な問題点としては、六段階になる要 介護・要支援の認定によって、いままで ホームヘルプサービスを受けていた人が 派遣回数が減らされるなど介護サービス の切り下げがおきることです。
 来年春に厚生省が決める介護サービス 額(例えば、要支援では月六万円、自己 負担六千円を想定) を越える給付は生活 保護世帯には基本的に認めないことにし ており、充分な介護が受けられない事態 が起こりえます。
 地方自治体が独自に行うサービスにつ いて、厚生省は「最低限度の生活の内容 としてふさわしくないものとして、扶助 の対象としない場合がありうる」として います。地方「行革」 による独自制度の 廃止・縮小でのサービスの後退、生活保 護世帯に自己負担を強いる動きが強まり ます。
 同時に、見ておかなければならないこ とは、介護保険の導入によって、いっそ う思想攻撃と、生活保護のしめつけ行政 を強めることになることです。
 介護保険は 「国民の共同連帯の理念に 基づき」 (法第一条 目的)導入されま した。国民への保険料と利用料の負担の 押し付け、給付の切り下げを行い、まさ に「保険あって介護なし」 の状況が作ら れ、国民に「自助自立」と「相互扶助」 を徹底して求めるものです。
 これは、憲法二十五条の国民の生存権 をふみにじり、国・地方自治体の義務を 放棄するものです。介護保険と介護扶助 の導入により、国民と生活保護世帯に対 立・分断と差別を拡大し、生活保護の打 ち切りを促進することになります。


ますます大事な生活保護の 適用と改善運動

 次に、こうした情勢の変化と今日の大 不況のもとで、生活保護の適用と改善の 運動がかつてなく大事になっています。  第一に、この間生活保護世帯が急増し ていることです。
 臨調「行革」と生活保護適正化政策の もとで、減り続けていた生活保護世帯が 平成五年から増加傾向に転じ、昨年四月 現在で六十四万五千世帯、九十二万二千 人になりました。
 平成五年以降の増加の特徴は、地域的 には都市部と、高齢者世帯がふえていま す。また、この間に医療扶助を受ける人 が一割以上ふえ、一昨年九月の医療改悪 の影響があらわれています。一方、この 間○〜十九歳の生活保護を受けている人 員は一割以上も減るなど、しめつけ行政 の強まりで子育て世帯の保護受給は減っ ています。
 第二に、膨大な低所得者の存在と大失 業時代を迎えていることです。
 別表(二十ページ) 



は、厚生省の「平 成六年国民生活基礎調査」をもとに、低 所得・貧困世帯がどれだけいるかを、推 計したものです。これによると、生活保 護基準以下の世帯が、全世帯の一五・五 %にもなり、生活保護基準の一・四倍以 下の世帯は三八・七%にものぼっていま す。とりわけ、高齢者世帯の二七%、母 子世帯の三五%近くが生活保護基準以下 となつています。
 「完全失業者三百万人を越す」、今年 二月の総務庁の労働力調査で、完全失業 者が三百十三万人、失業率四・六%の戦 後最悪を記録しました。一か月間で一五 万人も増え、一方、求職者一人につさ何 件の求人があるかを示す「有効求人倍 率」は〇・四九倍、二人に一人しか職が ない状況です。
 今後、企業がリストラをすすめ、倒産 が未曾有の規模に広がり、「失業者が一 千万人にもなる」という予測もありま す。
 こうしたなかで、「福祉事務所に生活 保護の申請に行ったが、『仕事をさがせ』 と追い返された」など、失業者からの相 談が各地の生活と健康を守る会の会員や 事務所に多く寄せられています。
 都生連は、二月十七日に東京都と交渉 し、「失業を理由に生活保護はダメとい うことはない。現実に生活保護を必要と しているかどうかで判断するもの」との 回答を、あらためて確認しました。
 第三に、地方「行革」 による制度の改 悪、児童扶養手当の打ち切り、介護保険 の導入などによって、生活保護を必要と する人たちがふえることです。
 昨年の児童扶養手当の所得制限の切り 下げによって、約六万世帯(厚生省調査) が約月三万円の手当が打ち切られまし た。この打ち切りに対して、二百件をこ える異議申し立てが各県にされたこと は、いかにこの手当が母子家庭の生活を 大きく支えていた か、を示していま す。
 介護保険の導入に よる保険料と利用料 の負担に耐えられな くなって、生活保護 を申請する人が大き く増えることが確実 です。例えば、要介 護に認定された方 は、毎月の自己負担 額が二万一千〜二万 七千円がかかり、そ の上、平均で二千五 百円の保険料負担が 想定されています。 毎月、月四万円もの 負担増になります。 この影響は、一昨年 九月の医療改悪よりも、もっと大きなも のとなるでしょう。
 こうした状況は、ますます全生連の存 在と運動の大切さを浮き彫りにしていま す。生活保護制度を知らせ、多くの人た ちが活用し、しめつけ行政をやめさせる ため、いまこそ打って出るときです。
 生活保護は、国民生活の最低保障基準 の確立にとって大事な役割を果たしま す。こうしたことへの地域住民の合意と 共感を広げる運動が、痛切に求められて いるときです。



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