「書斎から」
          
   園長 釜土達雄
                              

 
二〇〇三年三月まで、今わたしたちが羽咋白百合幼稚園の園舎として使っている建物は、「さつき保育所」の園舎でした。増改築はしていませんから、今と全く同じ園舎です。
 そのさつき保育所は、二〇〇三年四月より、羽咋市の保育所の統廃合により、他の二つの保育所と一緒になって「こすもす保育園」となります。
 その頃、羽咋白百合幼稚園は、本町にある現在のゆりっこ児童クラブの建物が園舎でした。園舎が二階建てで道路の全面にあり、園庭が園舎の後側にありました。小さな園舎と園庭ですが、もっともっと手狭に見える園舎と園庭でした。
 この園だよりの巻頭言で、繁在家先生がこの時のお引っ越しにもふれています。ほんのちょっとしかふれていませんが、いろんな思い出話しがあるのです。
 あの頃、さつき保育所の話しをわたしの耳に入れてくれたのは繁在家先生でした。「さつき保育所が統合されて使わなくなるのだけど、壊されてしまうらしい。もったいない話しですよね」。その時の話しを、聞いたままに理事会で話したのはわたしでしたが、その話しにちょっと解釈を入れて市長さんに伝えてくださったのが、鈴木リデア先生。「羽咋白百合幼稚園の園長が、さつき保育所を欲しがっている」。話がどんどん進んでいって、「羽咋白百合幼稚園がさつき保育所の園舎を使ってくださるのならば、それをお譲りしても良い」ということになったのです。本当に本当に感謝なことでした。
 もちろん条件がありました。「古い建物だけど、手を入れないでお渡しするから、不都合な部分は自分で直してね」。それは当然のことでした。掃除も繁在家先生を先頭に自分達でしました。さつき保育所の雰囲気を羽咋白百合幼稚園の雰囲気に変えて、保育を開始したのは二〇〇三年六月。そしてそれから五年間、ちょこちょこ手を加えながら、直しながら、使ってきたのでした。

 ところが、六年目のこの三月末、大変なことがわかりました。なんだか雨漏りがひどくなっていると報告は受けていたのですが、屋根のシート防水のシートが大きく破れて、屋根の役割をしていないのです。この冬の風で大きく裂けてしまったのでした。
 四月から準備を開始して緊急工事。皆様にもご迷惑をおかけいたしました。おかげで今ではちゃんと新品の屋根になったのでした。
 きれいな屋根になったのは嬉しいのですが、工事は来年の予定でした。すると様々な計画がちょっとずつ変わることになって・・・ちょっと落ち込んでいる園長です。