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「春は はじまりの季節」



 副園長 釜土蘭子

   
 四月。新しいお友達が加わって、新年度が始まりました。新しいお部屋、新しい先生、新しい靴箱・・・。いろいろなものが変わります。そんな変化にワクワクで嬉しい子もいれば、そんな変化にドキドキで緊張してしまう子もいます。四月はそんな時期です。

 そんな子供達を迎えるお庭も、はじまりの季節です。

 冬の間は植物も虫も鳥も静かに休んでいて、動きがありません。幼稚園のお庭では、わずかにツバキだけが白い雪の世界に赤い色を添えてくれます。けれど他の木々はお休み中。虫もなかなか姿を現わしません。

 春になると、まずクロッカスが顔を出します。よーく見るとツクシも登場します。

 そこからヒヤシンス、水仙、おおいぬのふぐり・・・といろいろな花との出会いがあります。

 幼稚園のお庭の隅にヒヤシンスやクロッカスが咲いているのには理由があります。毎年AぐみさんとBぐみさんは秋から冬にかけて「水栽培」をします。ある時、花が咲き終わった後の球根、なんだかゴミ箱に捨てるのはいやだなと思って、お庭の隅に埋めてみたのです。すると次の年にはちゃんと花を咲かせました。もちろん、花数はすくなくて、ちょっと小さいものですが。それでもこの球根も生きているんだよということを子供達に伝えたくて、毎年水栽培が終わると球根をお庭の隅に埋めています。埋めてから一年たって咲く花。まあ、埋めたことをしっかり覚えているお友達は、そんなに多くはないのですけれどね。

 


 子供達の足下に咲く、ヒヤシンスやクロッカスの後は、春の花の代表である、桜とチューリップの出番です。

 幼稚園の桜の木。現在の場所に七尾幼稚園がうつってきた一九六〇年代に植えられたものです。園舎の改築の時に枝がきられてしまったり、台風で葉っぱが全部ふきとばされたり・・・といろいろありましたが、なんとか生き延び、七尾幼稚園のお庭にはなくてはならない存在です。

 今年は少し遅くなりましたが、見事な花を咲かせてくれました。

 

 桜の花が満開になると、木の下にブルーシートを敷いて「お花見ごっこ」をします。シートの上でごろんごろんとする子供達。これは「お花を下から見る」のです。頭の上に広がる桜だけの世界。時々チラチラと花びらが落ちてきます。暖かい春の日。桜の花の下で先生とのんびり過ごす時は、なんだか先生と子供達の距離をぐんと近づけてくれるのです。

 




 幼稚園の桜だけではなくて、お友達と一緒に小丸山公園の桜を見にいきます。
 新しいクラスになって初めてのおでかけです。

 一人で歩くのではなくて、お友達と手をつないで歩いていきます。
           
 幼稚園を出発して、(もちろんお庭の後ろの専用出口から)、上り坂をゆっくり登っていって、公園へ到着。きれいなお花が迎えてくれます。でも自分の好きな所に勝手にいってはいけません。手をつないでいるのですから、お友達の事を考えなくてはいけません。歩くスピードも気をつけなくてはいけませんね。けれど桜の花の下をゆっくり歩いていくと子供達は自然に手をつないで歩いていきます。手をつないで歩く、そんな中でお友達との距離もぐんと近づきます。握った手の温かさは、理屈ぬきにお友達を意識させてくれます。「自分のことだけではなくてお友達のことも考える」。口であれこれ言うよりも、手をつないで歩くのがイチバンです。


 そして、春の花のもう一つの主役は「チューリップ」です。


 ヒヤシンス・クロッカスが上から見るお花、桜が下から見るお花、そして、チューリップは横から見るお花です。七尾幼稚園ではDぐみさんのお部屋のすぐそばのプランターにチューリップが咲いています。
 咲き誇るチューリップの前に小さなベンチを出して並んで座って、チューリップを見るDぐみさんは、春のほほえましい光景の一つです。

 「♪さいた、さいた、
  チューリップの花が
  ならんだ ならんだ
  あか しろ きいろ

  どの花 みても
  きれいだな♪」


 お友達と一緒に、何度も何度もこの歌を歌います。
 この詩の作者は次のような気持ちを込めてこの歌詞を作ったのだそうです。

「何事においてもそれぞれのいいところを見て過ごそうという自分の人生の基本的な考え方。殊に弱いものには目を配りたいという気持」



 ちなみにこの歌には2番3番があります。
1番を作詞したのは近藤宮子さんという方で2番3番は作曲した井上武士さんという方です。井上さんは作曲者でもあります。

 「ゆれる ゆれる チューリップの花が
風にゆれて にこにこ笑う
どの花みても かわいいな

かぜにゆれる チューリップの花に
とぶよとぶよ ちょうちょがとぶよ
ちょうちょと 花と遊んでる」

 あんまり歌われなくなったのは、多分1番で十分なメッセージが伝わったからではないかなと、幼児教育の立場からは思います。まだ言葉をたくさん覚えることができない小さな子供にとっては、1番の長さがちょうどよく、そこにすべてを込めた作者の意図がちゃんと伝わってくるのです。


 かわいいチューリップを見ながらお友達と一緒に「どの花見てもきれいだな」と歌う。そうすれば、どのお友達も大切でかけがえのないものであることはおさな心にも自然と伝わっていくのです。

 春、新しい年度の始まりに、新しい先生と新しいお友達といっしょに「チューリップ」のお歌を歌う。自然に自然に、けれどとても教育的な意味を含んでいますよね。

「花」以外の自然にも目を向けていかなくてはいけませんね。

 4月、先生やお友達と一緒にさわってみるのは、「カエルの卵」です。
 「カエル」は、人間にとってとても身近な生物ですね。特に七尾は周りに田んぼがありますから、本当に身近です。
 デロデロのゼリー状ののかたまりの中にある黒いツブツブ。それがカエルの卵です。
 「これは卵だよ。まだ小さいよ。そーっとさわろうね」
 そーっとそーっと優しく優しく・・・。子供達は卵とふれあいます。このツブツブがカエルになるの?、命の不思議さと出会います。


 卵からヘンシンしてカエルになる。その過程は劇的で、子供達の興味を高めてくれます。一つの命が育っていく、その過程をしっかりと見つめていけば、「命の大切さ」は伝わっていきます。

 かぶと虫の幼虫も手のひらにのせてみました。
 「まだ赤ちゃんだから、優しくだっこしてあげてね」
 「赤ちゃん」という言葉に子供達は敏感に反応します。そこには自分はもう赤ちゃんではないという意識があります。
 「赤ちゃんだからそーっとそーっと」、自分よりも小さいもの、自分よりも弱いものには優しく接するものだと感じて行っていくのです。

 「春」という自然の中で、たくさんの事を学ぶこどもたち。
 
 グローバルスタンダードだから、年度の始まりは秋がいいという意見がマスコミを騒がせていましたが、私は日本の風土にあった「春がはじまりの季節」の方がずっといいと思うのです。
 

(2012年5月18日 七尾幼稚園園だより巻頭言)

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