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「いちごがり遠足、今年はいけなくなりました」



 園長 釜土達雄

  二〇一〇年度の七尾幼稚園は、会堂建築の一年でした。
 七尾教会礼拝堂・七尾幼稚園一九六一年建築部分の改築工事は、二〇一〇年八月一日(日)から始まりました。七尾教会の日曜日の礼拝後、その礼拝堂で工事の安全を祈る起工式が行われ、その後、礼拝堂の家具の引っ越しが行われて、翌日の八月二日より、解体工事が始まったのです。

 あの日から、工事がほぼ完了する三月上旬まで、保護者のみなさまにはご不便をおかけしました。何といっても、送迎用に使う教会の駐車場が工事の車で占拠され、教会玄関から幼稚園に向かう近道が安全確保のため通行止め。あたりまえに使っているものがあたりまえに使えないことは本当に不便です。
 けれども一年がたって、すべてが新しくなりました。今までどおり駐車場が使えるようになりました。教会玄関を通って幼稚園の玄関に向かえるようになりました。しかも教会の玄関を降りてから幼稚園までの歩道が、今回の工事で広くなりましたし、教会の階段だって広くなりました。便利になったところがいっぱいあるのです。
 ちょっと気づかないところもあるのです。幼稚園の玄関の左側にあった幼稚園の台所。給食もここで作っていたのですが、今回の工事で大きく変わりました。普通の厨房と厨房前室に分かれました。幼稚園の先生は厨房前室でお茶を沸かしたり、洗い物をしたりしますが、厨房に入ることはなくなりました。調理師の池口先生は、厨房の中。区分がはっきりしたのです。
 










 厨房が広くなったのは、あったものがなくなったのです。なくなったのは・・・園長室でした。幼稚園の玄関から見ればずいぶん奥の教会礼拝堂の横に移りました。と言ってもそれは園庭の横。わたしは子どもたちの声を聞きながら仕事をすることになったのです。

 完成すれば、いろいろ便利になったなぁと思います。けれども、長い工事中は、非日常の世界。それは実に不便。工事が終わって、建物が完成して、日常が戻ってきたのが、何よりも嬉しいことでした。











 「始業式」があって、「入園式」があって、大好きなお母さんとのお別れの涙があって、幼稚園バスでの人さらいのようなお別れの時間があって、幼稚園の春は始まります。毎年毎年くりかえされる幼稚園の日常です。
 「お庭の探検」があって、「お約束の確認」があって、「小丸山公園への桜の花見お散歩」があって、幼稚園のお庭での「お花見」。春の七尾幼稚園の日常です。
 こいのぼり作りをし、でか山めぐりをし、木遣りの若い衆のみなさんをお招きして、「えんやぁ!」。そしてその間に、「母の日」の絵を描き、お母さんへのプレゼント作り。毎日毎日が子どもたちの大切な幼稚園での日常なのです。

 5月が終わり、6月になろうとする今。わたしは、毎年のように行ってきた七尾幼稚園のある日常を、断念することにいたしました。本当に悲しく、残念な事なのですが、出来なくなってしまったのです。


 それは、「いちご狩り遠足」。


 毎年、必ず行っていたいちご狩り遠足。行く場所は決まっていました。能登島のツインブリッジのそばのいちご畑。かなりお年をめされたご夫婦が、頑張って作ってくださっていました。もう、十年以上のおつきあいになります。
 ところが、今年もいつものようにお電話をして、いちご狩り遠足の日時を確定しようとしたら・・・「いちご、今年は作りませんでした」とのこと。そして「もう年なので、もう作らないと思う」とのことだったのです。

 実は以前にも同じ事がありました。その時はおばあちゃんがご病気で、いちごを作るのを断念なさったのです。
 それはいたしかたないと保護者会のみなさんに呼びかけをして、お願いをして、あるいちご農家の方と出会いました。すでに収穫の終わったいちご畑を、利用させていただいたのでした。
 けれども、それは一度だけのお約束。本当に感謝して利用させていただきましたが、次の年に、能登島のおじいちゃんとおばあちゃんが再びいちごを作り始めたと聞いて、再びその畑に戻りました。わたしたちにとっては、その畑の方が理想的だったのです。

 ところが今回はもっと深刻です。いちご作り自体をおやめになると言うことだからです。
 それではと、いろんな人にお願いをして、代わりの畑を探してみました。以前も探して見つかったのですから、今回も・・・と、探してみましたが・・・見つかりませんでした。なかったわけではなかったのですが、わたしたちの意図したものとは違うものでした。













 もう何年も前のことになります。いちご狩り遠足の時に三人の教育実習生が七尾幼稚園に来ていたことがありました。
 わたしはいちご狩り遠足の前に三人の実習生を呼んで聞いたのです。
 「ところで、なんでいちご狩り遠足に行くんだと思う?」
 その時の実習生の答えは、意外なものでした。
 「春だからじゃないですか?」
 「???」
 「えっ、いちごって、秋にも出来るんですか?」
 すると別の実習生が言いました。
 「いちご、冬でも売ってるよ」
 「あっ、一年中、出来るんだ」

 なんだかヘンな会話が続いたのですが、
 「そうではなくて、何でいちご狩りに行くんだと思う?ヒントはね、七尾幼稚園では、秋にいもほり遠足に行くんだ。さつまいもを掘りに行く。それから、りんご狩りにも行くんだ。他にも、とうもろこしとか、ハクサイとか、ダイコンとか、取りに来ませんか?と誘われて行くことはあるんだけど、基本はね、いちごとさつまいもとりんごなんだ。そこでだ、何でいちご狩りに行くんだと思う?」
 「・・・・・・。」
 一人の実習生が、あたりまえのような顔をして言いました。
 「おいしいからじゃないですか?だって、いちごもおいしいし、さつまいもも焼き芋にしておいしいし、りんごもおいしいから。」


 これは本当に大事な視点です。半分正解にしてもいいんだけど、もっと大事なことがあるのです
 「もうすこし。いちご、さつまいも、りんごの違いは何!」
 別の実習生が、おそるおそる答えました。
 「種類」


 あたっているのはあたっているのだけれど、もっと解り易く言いましょう。
 正解は、土の上で実るものと、土の中で実るもの、そして、木の上で実るもの。

 そう、いちごは土の上で収穫します。さつまいもは、土を掘って収穫します。そしてりんごは木に実っているので、高いところに手を伸ばして採るのです。それが、違いです。
 だから子どもたちといっしょに出かけていって、収穫するのです。土の上で実るものがあることを知ってほしいから。土の中で実るものがあることを知ってほしいから。そして、木に実るものがあることをを知ってほしいから。実際に収穫してみると、忘れないのです。

 そんな解説をしていたら、みんななるほどと聞いてくれました。
 「保育というのはね、ただ遊んでいるように見えるけど、とってもちゃんと考えて、組み立ててあるんだよ。」
 そんな風に、最後に締めくくって、解散したのです。

 







 




 次の日でした。
 三人の実習生が、聞きたいとことがあると言ってわたしを呼びとめました。

 「いろいろ考えたんですが、何でいちごなんですか?他にも、土の上に実るものは色々あると思うんですけど。」
 わたしは聞きました。
 「例えばどんなもの?」
 すると実習生が答えます。
 「たとえば、キャベツとかハクサイとか」
 それにわたしは答えました。
 「キャベツを採りに行って、わくわく感、ある?ハクサイ採りに行って、わくわく感、ある?わくわく感がないと、嬉しい印象にはならないんだ。記憶にとどまらないんだ。」


 いちご狩り遠足には、わくわく感があります。食べてみておいしくて、楽しかった経験が残ります。そして、思い出してみれば、土の上に実っていたことがわかるのです。

 さつまいもほりもいっしょです。そのあと、焼きいも大会をしてほおばるのです。わくわく感のある、楽しい経験です。りんご狩りも同じ事。宝物のりんごを、大切に大切に持ち帰るのです。
 いちご狩り遠足は、いちごを食べることが目的ではありません。子どもたちに伝えたい大切なメッセージがあるのです。
 今回は、わくわく感の少ないもので、土の上に実るものを体験してもらうことになりますが、またどこかに,あの能登島のおじいちゃんとおばあちゃんのような出会いがあればいいなぁと思います。

 あのお二人に、今までのこと、感謝します。
 これからもお元気で。
 そしてありがとうございます。
(2011年5月31日 七尾幼稚園園だより巻頭言)

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