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「なんでもないこと、バンザイ!」



 副園長 釜土蘭子

  おひなさまの会が近づいてきました。

 大張り切りで、歌いながら自分のダンスを踊っている子がいます。バスの中などうるさいくらいに歌が響いています。もちろん中には、人前で歌ったりセリフを言ったりするのが恥ずかしくってちょっと苦手な子もいるけれど・・・。

 
 先日は「役決めのご相談」がありました。なりたい役を自分で考えてきて、お友達の前でそれを話します。時には同じ役をしたいお友達が他にもいて・・・。気持ちと気持ちのぶつかりあい。涙もありました。役が決まるのに2日がかり。主張したり譲ったり、納得がいくまでの話し合いでした。

 Aぐみさんのお部屋からは、ピアニカの音が聞こえてきます。
 ピアノを習っていて「ドレミファソラシド」はもうスラスラひける子から、初めての鍵盤に「ドはどこだろう」という子もいます。「できない」と途中で投げ出しそうになる子もいます。すぐにできる子は、隣で困っている子を教えてあげたりしながら、ピアニカの音が続きます。


 それは、毎年繰り返される、当たり前の幼稚園の光景です。

 


 ところが、職員室の壁一つ向こうでは、改築工事の真っ最中。3月の完成を目指して最後の追い込みです。毎日毎日、いろんな工事が行われています。
 朝から夕方まで、何かを切っているギーという音や釘やねじを入れるキューンという音が聞こえてきます。ペンキのにおいもしてきます。落ち着かない感じです。

 工事は、私にとっては一生に一度か2度の大事業。聞いたこともない用語にとまどいながら、その現場に立ち会っています。
工事の職人さん達にとっては、当たり前の事もこちらには初めて。簡単には通じない言葉に苦労しながら、自分たちの思いを伝えようとします。

 それはかなりの真剣勝負です。

 コンセントの位置一つでもどこでもいいとは言えません。新しい建物の中で、どんな活動をするのかを考えて、場所を決めておかないといけません。
 この部屋で、誰が何をするのだろう。毎日使う人はこういう使い方をする。でも一年に一度のあの行事の時には、違う人が入ってきてこういう使い方をするかもしれない。そうすると、ここにもコンセントがいる。
 頭の中でたくさんのイメージをふくらませて、こちらの意図を伝えていきます。

 工事の横で、幼稚園の子供達の生活はいつも通り続いています。子供達の生活は、毎年と同じように確保されなくてはいけません。それもなかなか大変です。

 幼稚園玄関周辺の工事は登園降園の時間を避けてもらえるように。「今日、・・・時からこの工事してもいいですか?」、それを聞かれて、「5時からならいいけど」とか「朝9時までならいいです」とかお返事をする。
 行事の日には駐車場をあけてくださいとお願いする。

 この半年間、いえ、能登半島地震の後のいろいろな工事の間、何もなければ考えなくてもいいことをいっぱい考えなくてはいけないので、かなり大変です。
 そしてよく考えて決めてみても、何かハプニングが起こってその通りにはいかない。
 「工事現場の水道が出ないので、バケツに水をいただけますか・・・」

そんな時、思うのです。


 「なんでもない日、ばんざい」

 ディズニー映画の『不思議の国のアリス』でうかれ帽子屋と三月うさぎが歌う歌の一節です。元々は「The unbirthday song お誕生日じゃない日の歌」です。お誕生日は年に一日だけど、お誕生日じゃない日は三六四日ある。だから、お誕生日をお祝いするより、お誕生日じゃない日をお祝いした方が、毎日お祝いできるんだというわけ。

 映画のそのシーンは、いい意味でばかばかしくて楽しい。笑えるシーンです。

 日本語に訳す時に「お誕生日じゃない日」を歌いやすいように、「なんでもない日」としたのでしょう。 

 「なんでもない日、ばんざい」

 いい響きですね。「おたんじょうびじゃない日、おめでとう」より「なんでもない日、バンザイ」の方が楽しい。

 工事の音が聞こえてくる職員室を離れて、ホールに行くと、そこはいつもの子供達の遊び場です。

 そこでは子供達が楽しそうに遊んでいます。
 大型箱積み木で、お友達と一緒に何か作ってごっこ遊びをしている子。畳の場所でおままごとをしている子。玄関に近いところでカルタをしている子。隅の机で折り紙をしている子。それぞれが好きな遊びを楽しんでいます。
 
 誰かが声をかけてきます。
 「せんせー、みて〜」

 空き箱やストローで作った制作品を見せてくれます。こんなに細かいものが作れるようになったんだなぁ・・・。

 「せんせー」、誰かがカラーフープを回しています。
 上手に回せるようになったんだなぁ。

 「せんせー、センエンにしてください」
コツコツお金ごっこして貯めたんだ、がんばったなぁ。

 「せんせー、どうぞ」
 お皿の上に並んだ、おままごとのごちそう。入園した頃なら、誰かがひとり占めしてしまって、「かしてっていってもかしてくれん」なんてトラブルがよくあったけど。今はそれなりに譲り合って使えるようになったよね。


 
 これは、毎年繰り返される、いつもの幼稚園の当たり前の光景。
 でも一人一人の子供達にとっては、「みて〜」と大声を出さなきゃいられないほど、感動の出来事。


 そうそう、なんでもない事だけど、一人一人にとっては大事件。大人の毎日はそんなに大きな変化はないけれど、子供達の毎日は変化に満ちています。大人の価値観で「なんだそんなつまらないこと」と切り捨ててはいけません。

 


 「おひなさまの会」。毎年の当たり前の行事だけれど、一人一人の子供にとっては特別な特別な日。Aぐみさんとして迎えるおひなさまの会はただ一度。お父さんやお母さんが見にきてくれる、それは特別な時。

 大勢の人の前で、セリフを言ったり、歌ったり踊ったり、楽器をならしたり・・・。子供達なりに緊張して興奮してその日を迎えます。
 だけどそれは、毎日クラスのお友達と一緒に楽しんできた、なんでもない日のなんでもない事の積み重ねの上にある。一緒に並んだり、ダンスを楽しんだり、なんでもない日に、やってきた事があって、特別なおひなさまの会がある。特別な日に、特別ステキにできるのも嬉しいけれど、何でもない日になんでもないことをいっぱい楽しむのも大事。

 「おひなさまの会」。子供達のちょっと特別な姿の中に、なんでもない日のなんでもない事の積み重ねを見ていただけたら嬉しいと思います。 
(2011年2月24日 七尾幼稚園園だより巻頭言)

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