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「悩みと迷いの中で
        学ぶこと」

 園長 釜土達雄

 今年の春は、とにかくヘンでした。
 いつまでたっても温かくならないで、寒かったのです。ところが、温かくなってきたなと思ったら、温かさを通り越して暑くなってしまう。それで、きっとこのまま温かくなっていくんだろうなぁと思っていたら、また急に寒くなってしまたのでした。
 ちょうど良い春の温かさ。それを感じないままに今にいたったのでした。このまま梅雨になり、このまま夏になったら、春を感じないままに時が過ぎていくことになりそうです。

 こんな「あたりまえのことがあたりまえにならない」天候は、年齢を重ね、今年の四月に五五歳になったわたしには、苦痛です。身体が追いつかなくて、なんだかいつも寒いような、なんだかいつも暑いような、そんな感じです。一枚多く羽織ってみたり、ちょっとっと夏のような格好をしてみたり。「冬服がしまえない」というような生活実感以上に、身体実感があるのです。
 幼稚園の子どもたちも、この春の気候変化にはついて行けなかった子が多く、「普通の風邪」でお休みの子がいました。体調がすぐれないまま、元気のない子には「同病相憐れむ」で、園長先生はとっても、同情的だったのです。
 ところが五月の中頃になってもあまり体調が戻らず、そのうち「かもがや」の花粉症の時期に入ってしまった私は、単に花粉症だけではないと思っていたら・・・血圧が高くなっていたことがわかりました。上の血圧が、一八〇で、下の血圧が一一五。こりゃ大変と、かかりつけのお医者さんに相談したら、「年ですからね」。血圧を下げるお薬も、これから飲み始めることになりました。

 話が横にそれてしまいました。
 そんな春の不順な天気が七尾幼稚園の計画にも影響を与えたのです。

 五月二五日になってAぐみさんとBぐみさんのいちご狩り遠足が出来ましたが、実際はその二週間も前に計画されていたのです。ところがこんなにも遅くなりました。しかも、CぐみさんとDぐみさんのいちご狩り遠足はまだ。寒い天気が続いたので、イチゴがちゃんと実ることが出来なかったからなのです。
 二二日の親子遠足。希望の丘公園での遠足は、とても楽しくて良かったのですが、あの中の親子ゲームの一つに、バスに乗っていちごをとりに行くゲームがありましたでしょ。あれは、みんなでいちご狩りに行った後に、あのゲームをするから良かったのです。ところが実際は親子遠足がいちご狩り遠足よりも先になりました。準備をしている時には、まさかいちご狩り遠足がこんなにも後になるとは思っても見なかったのです。

 







 ですから春は、春の気候であって欲しいと思います。春は迷わないで欲しいと思います。


 それでも、保育は着々と進みます。
 実りの春は思い通りにはならなくても、種蒔きならば何とかなるでしょう。
 七尾幼稚園のAぐみさんとBぐみさんは、毎年夏に咲く花の種を蒔くことにしています。「あさがお」「ひまわり」「ほうせんか」。この三つの種類の種を、悩んで悩んでもらい、考えてもらって、選んで一種類だけ。ひとりひとりに種を蒔いてもらうのです。


 「ここに三種類の種があります。あさがお、ひまわり、ほうせんかの種です。
 お花の写真もあります。
 ようく見てください。
 この三種類のお花は全部違います。

 これは、『あさがお』です。
あさがおはツルになっています。ひとりで立っているのではありません。誰かに絡みついて伸びていきます。誰かに助けてもらって伸びていきます。自分ひとりじゃ生きていけないと知っています。助けてもらえれば生きていけます。
 きれいなお花がたくさん咲きます。

 これは『ひまわり』です。
 ひまわりは、すくっ!と立っています。自分ひとりで立っています。誰にも助けてもらいません。ひとりでがんばって立っています。そして、みんなよりも大きくなります。そして、大きなお花が一つ。でも、そのお花は、小さなお花のかたまりです。でも、みんなで作って、大きなお花が一つ。黄色いお花です。

 これは『ほうせんか』です。
 ほうせんかも、自分で立っています。自分ひとりで立っています。誰にも助けてもらいません。がんばって立っています。ところがひまわりとは違って、ちいさなお花です。あんまり大きくなりません。そしてお花はたくさん咲かせます。一個だけではありません。小さくて、カワイイお花を体中につけるのです。

 さぁ、みんなはどのお花が好きですか?みんなはどのお花の種を植えますか?」

 
 これをわたしはいつも四回も繰り返します。
 園庭におおきな円を三つ描いて、円の中にお花の名前を書くのです。「あさがお」「ひまわり」「ほうせんか」。
 この話を二回して、「よういドン!」。自分で考えて、選んだお花の名前のところに集まります。

 そしてもう一度同じ話をして・・・・。
 「お場所、替わってもいいよ!
  よういドン!」。


 そしてもう一度同じ話をして・・・・。
 「お場所、替わってもいいよ!
  よういドン!」。


 













 
 このお話は、いつもわたしが担当するのですが、今年は保育計画の日程と天候の具合を考えたら、わたしが金沢出張の日と重なってしまいました。
 そうなると、担当は澤田愛子先生。そこで澤田先生を呼んで大事な「こつ」を伝えることにしたのでした。

 「ね、澤田先生、あの話、なんで3つの中から選ばせるの?3つとも、種を蒔かせてあげてもいいんじゃない?」
 聞かれた澤田先生が???
 「だって、3つとも種を蒔いても、たいした費用がかかる訳じゃないし、そんなにたくさんのポットがいる訳じゃないし・・・何で?」
 聞かれた澤田先生の?がもっといっぱいになって「そうですねぇ。なんでですか?」

 「それはね、こどもたちにいっぱい考えてもらうためなんだよ。いっぱい考えてもらって、イメージをいっぱいふくらませて、迷って迷って、そうすることで、3つのタイプのお花をイメージすることが出来る。名前も覚えることが出来る。迷うことが、とっても大事なんだよ。
 だから、何度も同じ話をして、子どもたちが迷うように迷うように工夫をしてね。悩んで悩んで選ぶように、工夫をしてね。」


 近頃の園長先生は、先生方にも優しくなりました。意地悪な質問もあまりしなくなり、なぜですかと聞かれれば、すぐに答えを教えてしまいます。
 だけど、大事なところは外してはいけません。考えて考えて迷うからこそ、大事なことを知ることが出来るのです。

 悩んだり迷ったりすることは、悪いことではありません。考え込んだり、なかなか決められないことは、悪いことではないのです。一つのことをしっかりイメージし、全体像をつかんで決断するために大事な道筋です。
 あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。迷ってばかりの人生は、とっても楽しくすてきな人生になるのでしょう。ただ、その問題は、その楽しさと素敵さは、悩みと迷いの時が終わってから何年もたたないとわからないことなのです。

 どの種を蒔いたらいいか。そんなささやかなことで三〇分。迷って迷って、疲れ果ててしまう子どもたち。けれど、そんな三〇分が、後になって、自分の蒔いた種が気になる3ヶ月になる。それはきっと素敵な経験になるに違いない。

 だから、そんな、悩みと迷いの時を大事にしたいのです。
 もっとも、冬でいたいのか、夏になりたいのか、「春の迷い」は、ごめんでしたけどね。 
(2010年5月27日 七尾幼稚園園だより巻頭言)

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