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「楽しみながら学ぶこと」

 副園長 釜土蘭子

 十一月になって、今年も「お金ごっこ」が始まりました。

 「お金ごっこ」が大々的に行われるようになったのは、一〇年ほど前の事です。きっかけとなる大事件があったわけではありません。ある時ふっと思いついて、「職員室にある箱から、5枚ずつとる」というまるでおみくじのようなルールを作りました。
 この箱の中に、一円玉、五円玉、十円玉、五〇円玉、百円玉の5種類の硬貨にみたてた紙が入っています。5枚とる中に、百円玉が5枚という場合もあれば、一円玉が5枚ということもあり、箱から「見ないでとる」のもなかなかスリリングです。
 とる時には「ちゃんと並ぶ」というお約束があります。「お金をとる」為にはちゃんと列になって順番に並ばなくてはなりません。
 とった紙は丸く切ると「お金」になります。
 そうそう、忘れてはいけないのは、自分の「おさいふ」を持つこともルールです。

 一〇年前にこの「お金」を登場させた頃には、「ぬりえ」がありました。「ぬりえ」の本から「ぬりえ」をコピーしてもらうのですが、ただもらうだけではどうも・・・。それで「ぬりえ」を買う為に「お金」があるというのが私の設定だったのです。

 ところが、「お金をためる」のを楽しむ子が出てきました。一〇円玉5個で五〇円玉一個に両替。五〇円玉2個で百円玉に両替。こうしてどんどん両替していくと千円札になるのです。お金が増えていくのがおもしろい。お金を数えるのがおもしろいのです。
 「毎晩、うちで今日は何円になったって数えているんです」というお家の方からの声が聞こえるようになってきました。
 最初は千円札だけだったのですが、五千円、一万円とお札の種類も増やすことになりました。初期はモノクロのお札だったのですが、途中からはカラフルなものになりました。


 お金を使ったお店をすると、お店のお手伝いをしたいという声があがるのは自然な流れでした。そこで始まったのが「バイト」。店番をすると「バイト代」がもらえます。バイト代は一回五百円。五百円玉は他のお金と違ってちょっと大きくてかたい紙なので、もらえるとちょっと嬉しい。
 ところがお店のバイトだけでは、バイトをできる人数が限られてしまいます。何かないかなと考えていて、始めたのがお外のお仕事の「バイト」でした。落ち葉集めやプランターの整備などお庭のいろいろなお仕事をバイトにしようと思ったのですが、一つのお仕事だけがとても盛り上がるのに気づきました。それは「砂山を大きくする」というお仕事でした。
 「もうすぐ冬。冬になれば雪がふる。雪がふったらそり遊びがしたい。そり遊びをするには山がいる。だからみんなで山をつくろう。」
 十一月に始まる「お金ごっこ」の中ではとても意味づけがしやすい「山作りのバイト」。これは、本人がしたいと言えば、何人でも参加することができ、小さい子も加わる事ができるのがいいところです。

 











 最初の頃は「ぬりえ」だった一番人気商品が「手裏剣くじびき」になったのも「山作りのバイト」が始まったのと同じ頃です。
 元を正せば、幼稚園で使う折り紙の残りです。「折り紙ください」、そういって子供達は折り紙をもらいにくるのですが、どうしても人気のない色が残ってしまいます。黒、灰色、茶色などです。それを何かに使えないかと考えたところから始まります。これらの色に適した折り紙が「手裏剣」だったわけです。「あたり」はキラキラ手裏剣やちょっと大きい手裏剣。「はずれ」はちょっとくすんだ色の手裏剣。
 けれども最初から料金をとると、小さいお友達は参加できません。そこで一人一回はただでできるルール。けれど2回目をしようと思ったら「お金」が必要になるのです。2回目の料金はクラスによって違い、日によっても変化していきます。

 ある年には、みんながお金を切るのに夢中になりすぎて、切った後のゴミがとんでもなく散らかされ、そのゴミを先生達が拾っていました。これはいけないと思った蘭子先生が作ったルールが「おそうじタイム」。お金の箱が空になったらみんなでゴミを拾ってきれいにしないと、次のお金が投入されないというシステムです。

 最初は「使う」ために始まった「お金」が「ためる」「かせぐ」と発展をしていきます。そしてついには「自分のお店」を始める子がでてきました。自分で作った折り紙などを他のお友達に「売る」のです。自分のお店にバイトを「雇う」姿もみられるようになりました。「お金」がある事で「遊び」がどんどん広がっていくのです。

 「お金ごっこ」は自由遊びの中で展開されていきますが、年に一度だけ全員が参加できるように「お買い物ごっこ」の日を設けるようにしたのは5年ほど前からです。AぐみさんとBぐみさんが品物をつくり、CぐみさんとDぐみさんがお買い物にくる。売る側も買う側もとっても楽しい一日になります。


 この原稿を書く為に、過去をいろいろふりかえってみたのですが、毎年毎年変化をし続けているので、「どうしてこんな事になったのか」を思い出すのが大変。毎年毎年、蘭子先生のひらめきと子供達の反応で、どんどん変わっていくからです。

 「お金ごっこ」、この遊びをしていく中でたくさんの事を子供達が学んでくれます
 一番重要なのは「数」がわかるようになることです。機械的に「いちたすいちは、に」というのではありません。十円玉5枚で五十円玉一個。十円玉一〇個で一〇〇円一個。くりあがりがわからないと「両替」ができません。2枚持って行けば1枚と交換できるんだと早合点して、一〇円玉2枚もって「りょうがえしてください」という子も必ずいます。五十円玉5枚で両替をしにくる子もいます。なんでダメなのか考えないといけません。

 考える時に助けになるのは、先生達よりお友達です。お友達同士教えあう事が原則です。特にAぐみさんは小さいお友達に教えることを義務づけられています。小さいお友達に教えてあげられてこそ、「数」が理解できたと思うのです。

 また「ルール」を守ることがとても大切なお遊びです。お金をとる時に順番に並ぶのがルール。順番ぬかしはいけません。お金をとる時は見ないでとらないといけません。くじびきをするのも、見ないでとらないといけないのです。
 けれど、必ず「ズル」をしたい気持ちがわいてきます。一円玉より百円玉がいい。はずれよりあたりがいい。ちょっと目をあけて見ればそれができる。子供達にとってはかなりの誘惑です。そして時には、お友達がいっぱいもっている「お金」がうらやましくなって、取ってしまうという事件も起きてしまいます。
 「悪いお心」と闘うのも「お金ごっこ」の大切な要素です。本物のお金ではなく、このごっこ遊びの中で、「ズルはいけない。ルール違反はいけない」ということをしっかり学んで欲しいのです。

 「はさみを使う」のも、お金ごっこを通してとってもうまくなります。もらった紙を早く「お金」にするのは、早く丸く切らなくてはいけません。五円玉や五十円玉は真ん中に○がある。これをあけようとするにはテクニックがいります。

 また、「お金ごっこ」がお家の方を巻き込むのもよく見られるようになりました。大人にとっては「お金を数える」のは当たり前にできる事です。お家に帰ってお金を数える。すると、お父さんやお母さんが数え方を教えてくれる。中には、どうやって両替するのかを絵に描いて持たせてくださったお父さんもいました。その絵を手にしながら幼稚園で一生懸命両替している姿はとても印象的でした。また、数えやすいように工夫した「おさいふ」を手作りしてくださるご家庭もあります。手作りのおさいふが登場するたびに、お家でどんな会話がされているのかとワクワクします。そうそう、卒業生のお兄ちゃんお姉ちゃんが、弟や妹に「お金」を贈与するのも恒例ですね。

 お金ごっこの始まる時間は毎日「9じ30ふんから」となっています。おかげで「時計」にも興味を持ってくれるようになりました。

 「山作り」では、子供達のチームワークが育っていきます。何日もかけて、一つの大きな山を作るのです。作り方についての対立があります。自分が思っていたのと違う場所に砂を運ばれる事があります。「スコップかしてくれない」、そんなトラブルはしょっちゅうです。みんなが同じイメージで一つのものを作る、これはなかなか大変です。

 また、他の様々なお遊びと同じように、毎年同じ遊びが繰り返されるのは七尾幼稚園のパターン。Dぐみさんの時には見ているだけの子が、Cぐみさんになってお財布を持つようになり、Bぐみさんになって両替ができ、Aぐみさんになってみんなに教えるようになる。そんな成長の過程を見ることができるのも、嬉しいことの一つです。「山作り」もDぐみさんは周りをうろうろしているだけ。Cぐみさんになってようやくちょっと運んだりします。Bぐみさんはがんばろうとするのだけれど持続できなかったりします。Aぐみさんになって、お友達と話し合いながら大きな山を作ることができるのです。
(2009年11月30日 七尾幼稚園園だより巻頭言)

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