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「目的地がなければ 目的地には着かない

 園長  釜土達雄

 

  まもなく運動会。幼稚園では、毎日運動会ごっこが続いています。
 七尾幼稚園では、『運動会の練習』とは言いません。運動会への毎日の遊びを、『運動会ごっこ』と言っています。ここが大事なところで、少々こだわっているところです。

 今回も七尾幼稚園には教育実習生が来ていました。実習生たちは、毎日の幼稚園の様子を実習ノートに書かなければなりません。何度も聞いているのですが、ついつい書いてしますのです。
 「今日はAぐみさんの運動会の練習を見ました」。「Bぐみさんも、運動会の練習を一生懸命がんばっています」。「Cぐみさんも、運動会の練習の成果が現れてきて、だいぶ上手になってきました」。
 すると、それぞれの担任の先生から短いコメントが寄せられます。
 「七尾幼稚園では『運動会の練習』と言う言葉は使いません。毎日繰り広げられる運動会ごっこというごっこ遊びの一つとして運動会があると考えています。毎日繰り広げられる運動会ごっこの一こまを、おうちの方に見ていただけたら・・・と思っています。」




 ところが、その意味が今ひとつぴんとこないのでしょう。園長のわたしが実習生の一人に「何か質問はない?」と聞いてみたときに、その質問が出ました。「『運動会の練習』と『運動会ごっこ』とでは、どこが違うのですか?」これは、とても良い質問でした。

 七尾幼稚園の九月第三週の週間計画の解説にわたしが書いた短い文章があります。

 『本来運動会は、ごっこ遊びの延長線上にあるものですから、見せると言うことよりも子供達が一緒に楽しむということに目的があります。けれども、子供達の成長をお家の方々が期待して集まる大事な会でもありますし、子供達もそのことを自覚して「一生懸命にやろう」と考えています。そんながんばりも利用して、少しでも見栄えの良いものに出来たらよいと思います。ただ、ごっこ遊びの延長線上にあるのが主であって、見せることが本来の目的ではないということは、知っておきましょう。目的と手段が逆になってはいけません。』

 幼稚園の子どもたちの遊びの多くは、ごっこ遊びです。運動会も、そんなごっこ遊びのひとつ。かけっこやたいそう、ダンス、たまいれ、つなひきなどなどは、小学校にいってもくりひろげられる運動会の定番です。そんな運動会の定番を、ごっこ遊びとして体験してみます。運動会の大事な目的の一つです。
 一人でやってみるとおもしろい事でも、みんなでやってみると、もっともっとおもしろい事ができる。一人でやるかけっこもおもしろいけれど、みんなで競争してやってみるかけっこは、もっともっとおもしろい。一人でやる体操もおもしろいけれど、組み体操にして、みんなでやってみるともっともっと楽しい事ができる。そんな集団生活の喜びが、運動会ごっこの中で発見されるのです。運動会は、子どもたちの成長にとって大切な、集団生活の喜びを、運動面から確認する大事な場面なんです。

 そして、その運動会は、子どもたちの成長のひとつひとつを確認する大事な時です。
 ですから幼稚園の先生も子どもたちの成長をおうちの人にお見せしたいと考えますし、おうちの皆様も、そのことを期待してくださいます。子どもたちだけではなくて、おうちのみなさまにとっても、幼稚園にとっても大事な行事になるのです。

 

ところが、子どもたちの成長を確認する大事な機会であるが故に、そのごっこ遊び本来の役割が見えなくなってしまうことがあります。ごっこ遊びの延長線上にある運動会が、おうちの皆様に「見せる」ことの方に主眼がおかれて、子どもたちに練習させ、見栄え良く整え、立派に見える運動会を心がけてしまう。わたしたちが恐れるのは、運動会の目的と手段が逆になる事。子どもたちの成長を促すための運動会ではなく、見せるための運動会になってしまうことなのです。
 だから、そのことをいつも意識するために『運動会ごっこ』と言う言葉を使い、意識して『運動会の練習』と言う言葉をつかわないように七尾幼稚園はしているのでした。

 なるほどと納得の実習生。そんなささやかな解説が大事なのでした。


 また別の日には、Aぐみのお母様方とのおしゃべりの輪に加わりました。「『大きくなったら何になる?』決まった?」と言う会話です。

 『運動会ごっこ』の七尾幼稚園には、ちょっと他の幼稚園にはない、不思議な運動会の定番があります。それは、Aぐみさんの、『大きくなったらなにになる?』という題のプログラムです。
 元々は「借り物競走」でした。それを私が七尾幼稚園に着任した頃から、Aぐみさんが、自分が大きくなったら何になりたいかを披露する時となりました。これは一大イベント。自分のなりたいものの格好をして披露するのですから、持ち物にもおおいに工夫があって、Aぐみさんのおうちの方にとっては、少々負担になる、悩み時なのです。
 笑い話もたくさんあって、「ポスト」になりたいといった男の子の話や「サメ」になりたいと言った男の子の話。スイミングに自信を持っていて、「水泳の選手」になりたいと言った子。その話を聞いて、そっちの方が楽だと、「水泳の選手になって!」と、頼んだお母さんの話。いろいろです。




 七尾幼稚園のお母様方の間にも情報がいっぱいあって、互いに融通しあったり、どこから借りてきたらいいかを教えあったり。我が子の将来の夢を、じっくり聞いてみて、そんな事を考えていたのかと驚いたり。いろんないろんなドラマがあるのでした。
 もちろん準備には若干時間が必要で、お悩みの時があるのでしょうが、わたしは、この『大きくなったら何になる?』を大事に大事に考えているのでした。





 わたしが小さいときに聞いて、あまりにも当たり前で、けれども、心に残っている不思議な言葉があります。

 「目的地がなければ
  決して目的地には着かない」

 目的地を定めなければ、目的地がないのですから、目的地に着くはずはありません。目的地を定めて、目的地に向かって出発するから、目的地には着くのです。当たり前の話です。
 『大きくなったら何になる?』は、定まった目的地ではありません。けれども、こども時代がすばらしいのは、目的地を定めるために、悩むたっぷりの時間があるから。青春時代が麗しいのは、大きく思い描く、空想のような夢に向かって歩み始める事ができるから。
 たとえそれが、職業ではなくとも、自分の将来を大きく思い描くたっぷりの時間こそが、若さの特権そのものです。

 準備が大変なのは本当です。子どもたちとのおしゃべりも、大変でしょう。「まだ決まんないの!」そう言いたくなるときもある。よくわかります。けれども、子どもたちの夢に一緒につきあってくださり、おしゃべりの時間を過ごしてくださるその時間こそ、この『大きくなったら何になる?』の目的そのものなのです。

 子どもたちが自分の人生を思い描いたり、大人になる時を考えてみたり、仕事というものに興味を持ったり。そんな大事なきっかけになれば・・・と思っています。

 そして、BぐみさんやCぐみさんが、自分がAぐみさんになったときの事を思いめぐらして、いろいろ考えてみる。そんな時間が宝です。
 「目的地がなければ
  決して目的地には着かない」
 目的地を考える大切な時間を、子どもたちと共に楽しんでいただけたらと思います。
 ただ、無理をなさらないように・・・。
(2007年10月2日 七尾幼稚園園だより巻頭言)

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