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「もしも世界が明日終わるとしたなら」」

 園長  釜土達雄

 

   二月に一冊の本を、偶然本屋さんで見つけました。
 「もしも世界が明日終わるとしたら」

 いい本だなと思ったのですが、なぜか買うこともなく本箱に戻して、家に帰ってしまいました。

 ふしぎなものです。どうもそのタイトルと、その内容が気になって眠れません。
 気になって気になって過ごしたものですから、その翌日、同じ本屋さんに行ってみました。買って帰ろうと思っていたのですが・・・五冊もあったはずなのに全部なくなっていたのです。ショックでした。そしてそれから何軒もの本屋さんを、七尾でも金沢でも探したのですが、巡り会えなくなってしまったのです。



 こうなったら、「意地」ですよね。
 わたしは、インターネットショッピングのアマゾンで買おうと考えました。そうやってでも手に入れたいという気持ちになってきたのです。
 検索して調べてみました。ところがそこに記されていた現状は、「在庫一冊」。

 在庫は一冊です。それならばすぐに買っても良いはずでしょう?ところが、ためらってしまったのです。
 だって、そんなに分厚い本ではないのです。半分以上が写真の、所詮は詩集。それが残り一冊であろうとも、あるとわかってしまえば、やっぱりためらってしまう。アマゾンの送料が無料になるのは一五〇〇円から。この本はもう少し安い一一〇〇円。送料分を足すと結構高いかなぁ。なのです。
 そうしてまた数日が過ぎてしまったのでした。

 わたしがこの本をようやく手に入れたのは、二月十六日。アマゾンによってでした。蘭子先生が、幼稚園全体で流行しはじめた「ミッフィーちゃん」のCDを買うというので、便乗して買ってもらったのです。そしてそれが手に入った日、なんと!近くのコンビニで、同じこの本を見つけました。本屋さんにはなかったのに、コンビニにあったのか!
 悔しかったので、もう一冊買いました。今わたしの手元には二冊の同じ本があります。「もしも世界が明日終わるとしたら」。とってもとっても気になった、本だったのです。

 この「もしも世界が明日終わるとしたら」という本は、インターネットで広がっていた「もしもわかっていたら・・・」という題で書かれた匿名の詩を、ランス・ワベルズという方が編集したものの翻訳です。
 昨日と同じ今日があったから、今日と同じ明日がある。そう単純に思っているけれども、本当にそうだろうか。やり直しのきかない毎日を後悔しないために、今をどう生きたらよいのか。そんなことを考えさせる「もしもわかっていたら・・・」という内容が、つづられる、詩集なのです。

 『きみの声を
  もう二度と聞けないって
  わかっていたら
  もっと耳をすまして
  聞いておくだろう
  きみの言葉も声の感じも
  忘れてしまわないように』

 『わかっていたら・・・
  きみを抱きしめることができるのが
  もうこれが最後だと
  もし、わかっていたら
  この腕にしっかり抱きしめて
  いつまでも放さないのに』

 『君にもう二度と会えないって
  もうこれでおしまいだって
  もしわかっていたら
  眠らないで
  君の顔を見つめていたい
  夜が明けるまで』

 『わかってさえいたら
  何もかもがうまくいかなくて
  すべてが終わるように思えても
  自分はもうだめだと落ち込んでも
  神様はいつもそばで
  見守っていてくれることを・・・』

 『人を力づくで変えることは
  できないって
  わかってさえいたら
  無理に変えようとしないで
  いいところも欠点も
  ありのままを愛したのに』

 『初めからわかっていたら・・・
  たった一度の遊びが
  一生の傷となって
  つきまとうなんて
  そうしたら
  どんな甘い誘いにも
  勇気を出して
  「ノー」って言ったのに』

 『もう一度だけ
  君と一緒に
  祈ることができるなら
  ぼくは君の手を取って
  神様のところにいき
  祝福の光につつまれたい』

 『・・・・・・・・・・・・』

 こんな詩が続くのです。

 

 「もしもわかっていたら」、私たちの人生はずいぶんと違ったものになっていたに違いない。けれども私たちは、知らないが故に、「昨日と同じ今日があったように」「今日と同じ明日がある」そう思いこんでいる。
 けれども、昨日と同じ今日が来なかったときに、慌て、驚き、反省をする。考えてみれば、昨日と同じ今日が来るとは限らないし、同じであるはずがないことはわかっているはずなのです。







 この本が、その本の最後に聖書の「ローマの信徒への手紙」を引用していました。

『愛には偽りがあってはなりません。
 悪を憎み、善から離れず、
 兄弟愛をもって互いに愛し、
 尊敬をもって互いに相手を
  優れた者と思いなさい。
 怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。
 希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、
  たゆまず祈りなさい。
 ・・・・
 あなたがたを迫害する者のために
  祝福を祈りなさい。
 祝福を祈るのであって、
  呪ってはなりません。
 喜ぶ人と共に喜び、
  泣く人と共に泣きなさい。
 ・・・・・
 だれに対しても悪に悪を返さず、
  すべての人の前で善を行うように
  心がけなさい。
 できれば、せめてあなたがたは、
  すべての人と平和に暮らしなさい。
 ・・・・・
 悪に負けることなく、
  善をもって悪に勝ちなさい。』
(ローマの信徒への手紙十二:九〜二十一)


 「もしも世界が明日終わるとしたら」。
 そう考えて、今を生きていたら、私たちの人生は、ずいぶんと優しく過ごせるのではないか。そんなふうに思いました。
す。



(2006年2月22日 七尾幼稚園園だより巻頭言)

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