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「卒業するAぐみさんへ」

 園長  釜土達雄

  卒業式が近くなりました。今、七尾幼稚園では残りわずかとなったAぐみさんとの日々を惜しむかのように、遊びが展開しています。ホールの時間は、この一年間慣れ親しんだ遊びを、一つひとつ思い起こすかのように展開されました。またAぐみさん自身も、この一年間何度も繰り返してきた遊びを、残り時間を惜しむかのように展開してきています。
 全員が同じ小学校に行くわけではなく、遠くに引っ越しのあるお友達がいることを考えれば、もう一緒に過ごすときは、本当にほとんどないのではないかと思えるような貴重な時間。子どもたち一人ひとりも、そのことを知っているように、残り時間を惜しむように、お友達との一緒の時間を味わっています。

 そんな子どもたちとの時間を大事にしながら、幼稚園では、卒業式に向けての準備が最後の追い込みに入っています。





 園長室で遅くまで仕事をしていて、ふと職員室に行ってみると、誰もいない職員室でパソコンとプリンターが一生懸命仕事をしていました。蘭子先生が一人で手作りをしているアルバムの写真がプリントアウトされていたのでした。
 今回蘭子先生は子どもたちの卒業に合わせて、プリンターを新調しました。キャノンのPIXUSip8600。「8色インク、先進のテクノロジーが繰り出す最上の写真画」といううたい文句にひかれ、しかも「新染料インクと純正写真用紙の組み合わせで、アルバム保存一〇〇年を実現。色褪せに強い写真プリントが可能になりました」等という宣伝文句にコロリとまいって、衝動買いしてしまったのでした。
 無理もないこと。これを購入してしまった二月は、Aぐみさんのためのアルバムの準備を蘭子先生が始めた頃です。「アルバム保存一〇〇年を実現」の言葉に、目がとまってしまったのです。
 しかも、この卒業する今度のAぐみさんが入園した頃から、普通のフイルムカメラの撮影枚数より、デジタルカメラの撮影枚数の方が多くなってきたころ。画素数の多い、A4に引き延ばしても鑑賞に堪える写真を撮ることの出来るデジカメが登場してきたのです。当然、デジカメによって写真がたくさんとられ、保存され、当然アルバムにもこれらのデジカメ写真が使われることになります。けれども色あせが心配・・・。そんなときに出会ったコマーシャルだったのです。



 考えてみれば、ここ数年で、七尾幼稚園の環境は大きく変わりました。
 七尾幼稚園が、ホームページを開設したのは、二〇〇一年十一月九日から。幼稚園ニュースは、少しさかのぼって、二〇〇一年四月分からアップされています。幼稚園だよりはNO.164号二〇〇一年一〇月号からアップ。これらは、今度卒業するAぐみさんが、Dぐみさんだったときのことなのです。
 七尾幼稚園の駐車場が、現在のように整備されたのは、昨年度のことでした。それは、小丸山公園の整備工事の進ちょく具合にあわせての整備だったのでした。Aぐみさんが、CぐみさんBぐみさんと成長する中で、小丸山公園はどんどん形を変え、幼稚園の駐車場も整備されてきたのです。

 わずか数年でも、これだけの変化があります。これが十年二十年単位ならば、もっと大きな変化があったに違いありません。





 携帯電話が、これほど普及するとは、今から十年前には考えられなかったことでした。
 二十年前の七尾幼稚園にはコピーの機械がありませんでした。園舎も今の園舎ではありませんでした。園舎が建築されたのは一九九〇年。今から十五年前のことだったのです。
 なんといっても、今から二十年前は、Aぐみ担任の甲部先生は、二歳だったのです。世の中が大きく変わっても致し方ない。
 そんな風に思うわたしが七尾幼稚園に着任したのは、二十七歳の時でした。それが今度の四月で、五十になります。気がつけばわたしも、昔話を繰り言のようにしてしまう年齢になってしまったのかもしれません。


 もちろん今まで大きく変わってきたように、これからも大きく変わるものがあります。幼稚園の周辺も、まだまだ変わります。駅前の道路整備が始まり、これから一年かけて、幼稚園から市役所に向かう直線道路が完成するでしょう。

 もっと大きな出来事も起こるに違いありません。保育園の統廃合が起こるでしょうし、公立保育園の民営化も始まるに違いない。
 いえ、もっとわたしたちに直接的に関わるのは、幼稚園と保育園を一体化した、幼保一元化施設「総合施設」が出来ることなのです。この四月から全国で三十の施設がモデル園として指定され、調査が始まります。二〇〇六年四月から全国一斉に導入されることになっています。


 幼稚園は、「学校教育法」に基づく学校。
 ちょっと堅い話になりますが、「学校教育法」の「第7章 幼稚園」の第七十七条には次のように幼稚園の目的が定められ、七十八条七十九条とつながっています。

『第七十七条 幼稚園は、幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする。
 第七十八条 幼稚園は、前条の目的を実現するために、次の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
・(中略)・・・・・・・・・・・・・・
 第七十九条 幼稚園の保育内容に関する事項は、前2条の規定に従い、文部科学大臣が、これを定める。』

 この第七十九条の規定に基づいて、「幼稚園教育要領」が定められています。そしてわたしたち幼稚園は、「教育課程」を定めて、「保育計画」を作成し、保育することが義務付けられているのです。

 幼稚園は、子どもたちが出会う最初の「学校」です。ところが、時代の変化の中で、幼稚園というわたしたちを支えていたこの最初の学校の制度自体も、変化しようとしているのです。「総合施設」が、学校制度に向かうのか、学校制度を捨て去るのか・・・。



「上善は水の如し」という言葉があります。

『最上の善を例えるなら水だ。
 万物に利沢を与え育て上げ、
 水自体は利を争おうとしない。
 それどころか一般の人が避ける場所、
 例えば低い土地に居る。
 目立たず、万物を潤している。
 これが自然の法則に最も近い。
 居場所を良い大地にし、
 澄んだ淵のような静かな心境で、
 仲間には仁を、
 語らいは信頼を、
 善いまつりごとで治め、
 仕事は良く機能し、
 時を失するような事は無い。
 水の偉大さは万物に順じ争わないこと。
 だから咎められるような事は無い。
            (老子第八章)』



「最上の生き方があるとすれば、
  それは水のような生き方だ。
 水は、実に自然に、当たり前に生きている。
 それどころか、
  一般の人々が嫌うような、
  たとえば低い土地に向かって流れ、
  そこにとどまっている。
 そして、目立たないところで、
  すべてのものの命も、喜びも、
  黙って支えている。
 このような生き方が、
  自然の流れに最も近い。
 水本来の姿、不純物を含まない心境で、
 自らに受け入れられようと願う者には
  仁をもって受け入れ、
 自らと共に語り合おうとする者にも
  ありのままに受け入れ、
 当たり前のことを当たり前のように行ない、
 そうだからこそ、しなければならない時に
  それを忘れてしまうようなことがない。
 水の偉大さは、誰とも争わないことだ。
 だから、批判されたり非難されたりすることは、あり得ないのだ。」




 時代が大きく変わる時、そのような時にどのように生きていったらよいのか。
 老子はその道、その生き方を「水」になぞらえたのでした。
 わたしの自戒の言葉です。


 これから卒業するAぐみさんが生きていく世界は、きっとわたし達が今生きている時代以上に、変化に富んだ時代になるのでしょう。
 特にみんなが十五年二十年たったあとの世界は、今のわたしには想像も出来ない世界になっているに違いない。
 そしてその後何十年にもわたって大人として生きていく世界は、わたしの知ることの出来ない別世界でしょう。

 自分のことも大事だけれど、みんなのために生きていくことも大事だって、ちゃんと判っていたAぐみさんだったから、大きくなってから辛いことや悲しいことがあって、自分を見失いそうな時に、思い出して欲しいと思うのです。

 いつか自分の力でこの園だよりを読んでくれる大人になったAぐみさんに、園長先生からのメッセージ。
 「無理をしない生き方は、弱虫なのではなくて、案外強い生き方なんじゃないかな。」

 「上善は、水のごとし」。

卒業、おめでとう。



(2005年3月17日 七尾幼稚園園だより巻頭言)

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