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「Don'tの教育」と「Let's doの教育」

園長 釜土達雄




   一月三一日に七尾幼稚園の一日入園がありました。
 初めて七尾幼稚園に入園してくる子供達にとっても、また初めて七尾幼稚園と出会うお家の皆様にとっても、一日入園は大変なイベントです。
 泣いちゃった子もいたけれど、何とかうまく一日を過ごすことができました。
 ホールの時間にもおイスに座っていることができましたし、トイレにも行くことができました。並んでお部屋にはいることもできたし、お部屋で簡単な手遊びもできました。

 Aぐみさんに助けてもらって、ゲームもすることができましたね。手作りペンダントをもらったり、あめつりゲームをしてみたり・・・。手を引いてくれたのもAぐみさん。迎えてくれたのもAぐみさん。Aぐみさん総出で、四月から新しく幼稚園にやってくる子供達一人ひとりを迎えたのでした。



 いつものことですが、年度初めの四月。幼稚園は初めて幼稚園にやってくる子供達で大騒ぎです。大好きなお母さんやお父さん、お家の方達と別れて一人で幼稚園にやってくるのですから、あっちでもこっちでも涙涙のの大合唱。毎年繰り返される幼稚園の春の風物詩です。

 それがすこしずつ慣れてくるころには、みんなと一緒に生きていくためのルールを学ばなければなりません。そんな時期を見計らって、園長のわたしには、いつもしなければならないお仕事があるのでした。
 それは、ホールの時間に、そんなルールの一つひとつをお話しすることなんです。なったばかりのAぐみさんやなったばかりのBぐみさんも聞いているところで、みんなにするお話です。

 「幼稚園にはたくさんのお約束があります。今日はその中でおしっこのお話をします。
 おしっこは、玄関でしてはいけません。
 階段でしてはいけません。
 ホールでしてはいけません。
 お部屋でしてはいけません。
 お外でしてはいけません。
 それから・・・
 パンツの中でしてはいけません。
 わかりましたかーー!」

 そして最後に
 「おしっこはトイレでしてくださいね。」
 みんなが「はーい」とお返事をして、園長先生のお話しは終わるのです。

 何でもないことのようですが、これはとても大事なお話なのです。
 もちろん本当に伝えたいことは「おしっこはトイレでしてね」ということです。
 けれどもたった一言それを伝えるために、山のように「してはいけないこと」をお話ししなければならないのです。


 また、本当に伝えたいことは「お友達と仲良く遊びましょう」ということであっても、「何をしたら仲良く遊べないのか」ということを山のように伝えなければならないのです。

 お友達の使っているおもちゃを、勝手に持っていってはいけないこと。
 『かして』ってちゃんということ。
 『いいよ』って言われてからでないと持っていってはいけないこと。
 お友達をたたいちゃいけないこと。
 かみついてもいけないこと。
 ひっかいてもいけないこと。

 いっぱいいっぱいのルールがある。その一つひとつを実感体感して、初めて「お友達と仲良く遊ぶ」術を知るのでしょう。

 まず最初に覚えなければならないことは、「してはいけないこと」なのでしょう。そして「してはいけないこと」を学びながら、本当にしなければならないことを学ぶのでしょう。単純なようですが、とても大事なことなのです。



 新年早々、瀬戸内寂聴さんと日野原重明先生の対談の番組を見ました。
 八〇歳代と九〇歳代のお二人の対談。眠くなるまで少々つきあいましょうと、聞いていたら・・・ちょっとまじめに聞くことになってしまいました。

 ご存じの通り、瀬戸内寂聴さんは作家で、その後出家された尼さんです。威勢のいいおばあちゃんで、ワイドショー的な切り口で世相と人生を論じます。ちょっと乱暴に思える面もあるけれど、昔どこの近所にもいたような親しみを感じるおばちゃんであることに違いありません。
 日野原重明先生は聖路加国際病院の名誉院長で理事長。近年お書きになっている本がいずれもベストセラーになるという、癒し系のおじいちゃんです。『生き方上手』『こころ上手に生きる 病むことみとること人の生から学ぶこと』などという日野原先生の本は、わたしも買って読みましたが深く考えさせられました。

 そういうお二人の対談でしたから、ついつい見続け、聞き続けてしまうことになったのです。

 この対談の中で、日野原先生が教育について語られた場面がありました。

『わたしは近頃こんなことを言うようになったのです。
 それはね・・・今まではなんだか教育はお説教調でね。モーセの十戒調でね。○○してはいけない。××もしてはいけない。ってね、いけないことをいっぱい羅列する教育が主流だったんですよね。そしてね、してはいけないことをしたら、きちんと叱ってね、それが良い教育だと考えてね、教えてきたんだ。
 だけどもうそろそろ、このような Don'tの教育から、Let's doの教育に変わらないといけないと思うんですよ。
 この世界はこんなも楽しいことがいっぱいある。この世界はこんなにも面白いことがいっぱいある。そんな楽しいことや、愉快なことや面白いことを、一緒に発見していく。そんな教育が大切ではないか。そう思うんです。』

 「わが意を得たり」と、思いました。「この言い方いいなぁ」と、思いました。「よし、今度の園だよりの巻頭言に、このお話を書こう」、そう思いました。

 「Don'tの教育」。この言い方、いいなぁと思ったのです。「Let's doの教育」。この言い方もいいなぁ、と思ったのです。

 もちろん日野原先生の想定している年齢の子供達は、幼稚園の子供達ではありません。
 この原稿を書くために、改めて日野原先生の書いておられるものを読み返してみました。すると日野原先生は別のところで、小学校六年生の時に担任の先生から教わった「自己学習によるグループ発表のおもしろさ」を記しておられます。そこでは「Don'tの教育」ではない教育が大事なのではないかという趣旨のことを記しておられました。
 どうも日野原先生の「『Don'tの教育』から『Let's doの教育』」の発想は、小学校から中学校へと結びつく教育を想定して話しておられるようなのです。
 ですからどうも、「Don'tの教育」はそろそろ終わりにして、「Let's doの教育」に教育全体が変わっていった方がよい、という風に話を進めていっておられるのでしょう。


 けれども幼稚園では、今まで通り「Don'tの教育」は大事です。
 どこでおしっこしちゃいけないかを今まで通り語り続けることは、わたしの職務です。何をしたらお友達と楽しく仲良く遊べないのかを語ることは、わたしの職務です。
 けれどそれでとどまってもらっては困ります。それをふまえて「Let's doの教育」へと進んでいって欲しいのです。本当に知って欲しいのは、お友達と一緒にいるのはすてきだということです。おしっこはトイレでするほうがよいということです。


 「Don'tの教育」の向こうに「Let's doの教育」があるのではないか。
 一日入園の子供達とその子供達に楽しんでもらおうと一生懸命お手伝いしようとしているAぐみさんをみていて、そう思いました。
(2003年2月26日 七尾幼稚園園だより巻頭言)



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