『ご存知ですか、脳卒中も治ることがあることを』
〜脳梗塞に対する新しい治療法〜

脳神経外科 科長 東 壮太郎


脳卒中は、ある日突然片方の手足が動かなくなったり言葉がしゃべれなくなってしまう病気で、昔から中風(ちゅうぶ)と呼ばれ人々に恐れられていました。しかも、今まではどんなに最善の治療を受けても元のように治ることは少なく、程度の差はあれ後遺症が残ってしまうことがほとんどでした。その脳卒中が治るなんて信じられますか。もっとも、脳卒中なら何でも治るわけではありません。一口に脳卒中といっても、それには様々な病気が含まれます。そのなかの一つで脳血栓症という病気の名前をどこかで聞いたことがあるかも知れません。
最近、この病気になっても幸運なことに元にように元気になる人が増えています。発見が早く、しかもすぐに病院へ運ばれた患者さんに対して、“血栓溶解術”という治療が行われているのです。

血栓溶解術の詳しい説明の前に、脳卒中について少し説明します。脳卒中には大きく分けて脳血栓症と脳出血の2種類があります。脳出血は脳の血管が破れて頭の中に大量に出血し、脳組織が壊れてしまう病気です。かの悪名高いクモ膜下出血、高血圧の人に多い脳内出血などがあります。再出血の危険がある場合や放っておけば命が脅かされるような時には、積極的に脳外科手術が行われます。脳出血の詳しい説明はまたの機会にして、本題の脳血栓症の説明をしましょう。
脳血栓症は、脳の血管に血の塊が詰まり血液が流れなくなってしまい、突然意識が朦朧となり半身不随になったり言葉がしゃべれなくなる病気です。この血の塊を血栓と呼んでいます。この病気では、症状が出てからわずか5〜6時間で脳の神経細胞は死んでしまいます。このような状態を脳梗塞と言います。ですから、脳梗塞になる前に再び血が通わなければ、半身不随や言語障害などの症状は治らずそのままずっと残ります。いわゆる後遺症です。一度死んでしまった神経細胞は二度とは生き返らないからです。トカゲの尻尾のようには再生しないのです。
それでは、不幸にも脳血栓症になったらどうすれば良いのでしょうか。どんなに頑張って治療しても、どうせ後遺症が残るのだから諦めるしか方法がないのでしょうか。そうではなく、できるだけ早くこの血栓を溶かして再び脳に血を流せば良いのです。実は、今までにも血栓を溶かす薬はあり、静脈内に注射してこの血栓を溶かそうという治療が行われていました。ところが、この静脈内注射では血栓は期待した程うまく溶けず、症状の回復もとても満足できるものではありませんでした。そこで最近行われるようになつたのが、血栓の詰まっている脳の血管に直接この血栓溶解剤を注射して、血栓を溶かしてしまおうという方法です。この治療法を血栓溶解術といいます。

一般の方々の中には、血栓溶解術というのだから手術で頭を開いて脳の血管に薬を注射するのではないかと思う人もいるかも知れません。実際には頭を開いたりはしません。股の血管(動脈)から細い管(カテーテル)を挿入し血管の中を進め、その先端を血栓が詰まっている脳内の動脈の近くまで進めます。そこから血栓溶解剤を発射して血栓を溶かすのです。開頭手術ではないので、全身麻酔をかける必要もありません。実はこの方法は、元々は心臓の血管で行われていました。狭心症や心筋梗塞に対する治療です。脳梗塞も心筋梗塞も血管が詰まって血液が流れなくなるために起きる病気ですから、同じように血液が流れるようにしてやれば良いわけです。しかし、脳の場合にはいろいろな解決困難な問題があって心臓領域より進歩が遅れていました。それでも最近の研究や技術の進歩によって脳でも心臓と同じ様な治療法が可能となったわけです。

恵寿総合病院の脳神経外科でも、数年前から永谷医師らが中心となって発症後間もない患者さんを選んで血栓溶解術を行ってきました。当時は、脳内の動脈にまでカテーテルを進める技術が十分ではなかったので頸の動脈から溶解剤を発射していました。昨年からは全例で脳内の動脈にまでカテーテルを進め、血栓のすぐ近くから発射するようになったので、血栓が溶ける確率が大幅に向上しました。現在までに14例の患者さんに対して、16回の血栓溶解術を行ってきました。その効果は劇的で、実際に治療しているスタッフが感動してしまうくらいです。うまく行った患者さんの場合は、血栓が溶けた直後から動かなかった手足が動いたり、しゃべれなかった人がしゃべり出すのです。思わず、スタッフ一同から拍手が巻き起こったくらいです。たとえすぐには症状が良くならない場合でも、1〜2日後から症状が良くなり始め、最終的にはほぼ元の状態に戻ります。まさに画期的な治療法です。
しかし、すべての脳血栓症の患者さんがこの治療法で良くなる訳ではありません。物事には何にでも限界があります。たとえば、脳血管撮影でも分からない位に細い血管が詰まった場合は、血栓溶解剤をどの血管で発射すれば良いか分かりません。こんな場合には静脈内に溶解剤を投与するしか方法がありません。その効果は先程お話ししましたようにあまり芳しくありません。また、せっかく詰まった血管が分かっても、それまでに時間が経ち過ぎていた場合には、脳組織がすでに死んでしまっていて血液が再び流れても生き返りません。このことはとても重要なことです。つまり、血栓溶解術は一刻を争う治療法なのです。もたもたしているわけにはいきません。ですから、私達は超特急で血栓を溶かそうとするのですが、患者さんの発見が遅れて倒れてから病院に運ばれるまでに数時間経ってしまったような場合には、みすみす指をくわえて見ているしか方法がないのです。それでも、少しでも可能性があると思われた時には、一か八かで頑張ります。しかし、結果が良い場合は少ないようです。
時には血栓を溶かして血液を再び流し込んだために脳内に出血することもあります。ちょうど、阪神大震災の際に水道の元栓が壊れて断水し、やおら修理して再び元栓を開いたら今度はあちこちで水漏れが起こったのとよく似ています。繰り返しますが、血栓溶解術は時間との戦いなのです。

恵寿総合病院では、このような患者さんに備えて、24時間体制をひいています。医者ばかりではなく、待機している放射線技師や看護婦、検査技師、事務員が総動員されます。また、4月からは種々の新しい診断機器が導入または更新されました。脳血管撮影装置のコンピューターが新しくなり、血栓溶解までの時間短縮に貢献しています。他にも3次元CT、経頭蓋的超音波診断装置、脳血流測定用ガンマカメラ、核磁気共鳴画像装置などがあります。スタッフ一同、一人でも多くの患者さんが良くなるようにと願って、少しでも医療技術を向上させようと日々努力しています。


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