ハイブリッド治療について

ハイブリッド治療について

胸部心臓血管外科 科長 高野 徹


四月のある日若い男性の退院する後ろ姿を、我々は万感の思いで見守っていました。よかったという安堵感と、やったーという満足感をこめて。じつはこの日を溯ること約3週間前、当院に於いて循環器内科と、心臓外科の垣根が取り払われた、まさしく「循環器科」としての始めての治療が行われたのです。

こう書くと、循環器内科と心臓外科はいつも仕事しているじゃないか?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。いままでの例ですと、患者様を紹介していただくのがほとんどで、あとは手術しても血が流れにくい所を風船治療してください、というのがわずかあるだけでした。

ハイブリッド図1 今回のこの治療の最大の特色は、詰まりそうになった血管をPTCAという、風船治療をして、その後崩れてこないようにステントという金網を補強に入れます。最後に内胸動脈という胸の血管を、心臓の一番大事な血管に心臓を止めずに繋ぎあわせます。つまり風船治療と手術、2つの治療がほぼ同時に行われて始めて完成となります。風船治療と手術、この異なったアプローチによる現在最先端の治療法は「ハイブリッド治療」と呼ばれています。この治療の最大の特色はなんと言っても動いている心臓表面の血管に別の血管を縫いあわせるところにあります。(図1)

有史以来、心臓の手術が安全に行われるようになったのは、20世紀後半であります。それは人工心肺が発明され改良され、実用化がなされたからであります。「身体の器官のうちで心臓だけは傷をつけてはいけない」とギリシャの学者アリストテレスは言いました。

それから約2000年後手術法にその名を残すウイーンの大外科医ビルロードは「心臓にメスを加えようとする外科医は仲間よりの尊敬を失うであろう」と述べております。今から約100年前のことです。

それが気管内麻酔による安全な麻酔法が19世紀末に確立され、1930年代心臓血管撮影法とヘパリンの発見が心臓外科の発達に拍車をかけました。なにせ、どこがどう悪いかわからないと、治しようがありません。また血液というのは血管の中を流れているときはさらさらなのですが、一度血管から出ると固まるという性質があります。この働きを阻止し血液を固まらないようにするヘパリンの発見は画期的でした。ここであの不幸な戦争の時代に入り、医学界の時計の針が再び動きだすのは1950年代です。人工心肺がようやく実用化となり全世界で心臓手術が行われるようになりました。

この頃から1970年代までの心臓手術のほとんどは、先天性(生まれつきの)のものか、リューマチ熱等による弁膜症がほとんどでした。1980年代に入ると虚血性心疾患(心臓を養う血管の内側にコレステロール等がたまり血管が狭くなる。それにより血液が流れにくくなり心臓に痛みが走る)が増加し冠動脈(心臓を栄養している血管)外科が全盛時代をむかえます。

ハイブリッド図2 内科の先生も手をこまねいていた訳ではありません。1990年代に入るとカテーテル治療が花咲きます。カテーテルという細い管を冠動脈に直接入れ、そこから、さらに細い風船を入れ狭くなった血管の中で拡げます。ところがそれではまた狭くなる事があるのでステントという金属の堅い網を中から入れてもう一度拡げます。土や雪が落ちてこないように道路の上に天井をつけるように。(図2)

ここらあたりまでは「内科」か「外科」か、とお互い目を三角にした時代がありました。なにせめざす所はお互い「血の足りない所に血を流す」わけですから。冠動脈外科、カテーテル治療が成熟期を迎えた昨今、お互いの長所短所を認めあう時代に入りました。心臓外科医としては「手術したいが全身状態が悪い」、循環器内科としては「風船治療がやりにくい場所が詰まっている」という患者様が増えてきました。

先ほど人工心肺が実用化され心臓手術が可能になったと述べましたが、人工心肺とて万全なものではありません。なにせ心臓を一度止めて手術するわけですから色々と制約やトラブルは避けてとおれません。歴史は巡るで、再び人工心肺を使わない手術が脚光をあびてきました。しかしこの方法では出来る手術に限りがあります。

ハイブリッド図3 ここでようやく表題のハイブリッド治療の登場であります。本来の人工心肺を使用する手術なら、胸骨という胸の前にある骨を喉仏の下からみぞおちにかけて約25cm程切るのですが、今回のハイブリッド治療の場合、おっぱいの下約10cm程の傷だけで手術します。そしてその真下にある心臓の一番大事な血管に内胸動脈という別の血管を繋ぎ(動いている心臓の表面の血管に別の血管を縫い合わせるわけですから容易ではありません)そして残った血管の狭い所を全部、風船治療で拡げてもらおう(これも大変です)というわけであります。(図3) この治療を表だっておこなっているのは全国でも10施設ほどですが、いずれも当院のような第一線の総合病院であります。それは第一に心臓外科の黎明期は大学病院の時代でしたが、冠動脈外科が全盛を迎える頃から変化がおきてきました。なにせ救急車がひっきりなしに訪れるのは第一線の病院であります。当然心臓の具合が悪い人も増加します。第二に大学には設備と経験をつんだ多くのスタッフがいますが、いかんせんその規模ゆえ小回りがききません。当院では堀田循環器内科部長の電話一本です「はよカテ室来てー」と。

心臓の血管が詰まった人全員にハイブリッド治療が出来るわけではありませんが、適応を選べばこれまであきらめていた人にかならずや福音をもたらすものと確信いたしております。


ほっとたいむ目次に戻る