衆議院 文部科学委員会 会議録

第177回国会 第6号
平成23年4月6日(水曜日)

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馳浩 質疑部分 抜粋

○田中委員長

 次に、馳浩君。

 

○馳委員

 自由民主党の馳浩です。 よろしくお願いいたします。
 私もきのう被災地に行ってまいりまして、その声をきょうお伝えをし、また、できる限りの御答弁もいただきたいということで質問させていただきます。
 私は朝7時に自由民主党本部を自分の車で運転して出発をしまして、帰ってきたのが夜12時でありまして、それから資料を取りまとめての質問ということになりますので、まず被災地の声を聞いていただくということを中心に、皆さん方には、現行できる限りの答弁で結構ですから、お答えをいただきたいと思います。

 実は南相馬市に入るのが目的でありまして、往復、車の運転が9時間かかりました。 現地滞在が8時間でありまして、走行距離も900キロを超えました。 同僚の北村茂男代議士とあべ俊子代議士、永岡桂子代議士と4人で行ってまいりまして、こういうふうに聞いていたんです、五重苦だと。 大地震、津波、原発、風評被害、そして情報不足と。
 私は情報不足というのはどういうことかなと思って行きましたら、南相馬市の市長さんがこういうふうにおっしゃっておられたんです。 真っ先にNHKが逃げていったと。 マスコミが協定を結んで、いわゆる50キロ圏内から出て圏外へ退避していて、実態が十分報道されていない、カメラもペンも来ていないというふうなおっしゃり方でありました。

 事前にそういうふうな話も聞いていた。 こういうことなんです。 物資が途中まで行っても、そこから先へドライバーが行かない。 したがって、物資が届いていない。 野菜がない、ジュースが欲しい、お菓子が欲しいと。 こういうふうな切実な話がありましたので、永岡桂子代議士が茨城県の農業共済の方にお願いをして、野菜と、それから納豆チップスでしたか、4トントラックの車と2トントラックの車も出していただいて、我々は我々でお米とか漬物とかそういったものを車に積み込みまして、行ってまいりました。 

 現地では、当該選挙区であります亀岡偉民前代議士、今落選中であります、亀岡前代議士は今は遺体捜索にずっと従事をしておられます。 警察の方からだめだと言われながらも、では、いわゆる捜索に入れない地域にだれが行くんだと言ったら、行ける状況ではない、でも行くということで、地元の消防団と一緒に遺体の回収に最大限の労力を使っている。 こういう現状でありました。 

 一番最初にこの結論の部分だけ原子力災害対策本部にお聞きしますが、20キロから30キロの屋内退避エリアにおいては、屋外に出る通学や体育の授業などの修学不安を抱えている。 県教委や市教委では判断がつかない。 こういうときこそ国が判断すべきと考えるが、どうだろうか。 

 ちょっと申し上げれば、きのうの時点でですが、南相馬の市長は、人口7万人、南相馬から5万人が避難している。 避難場所に避難しておられる方が16万を超えるとおっしゃっておられますが、3人に一人、4人に一人は南相馬の市民である。 まずこの現実をわかってほしい。 そして、その30キロ圏内には、実は、南相馬市の人口7万人のうち5万人がお住まいで、3分の2が住んでいる。 そこで、自主退避、屋内退避のエリアである20キロから30キロについて、これはどうしたらいいんだろうか。 これはお隣の相馬市にも子供たち家族ともに避難しているけれども、もう続々と帰ってきているんだ。 でも、どういうふうに今後対応していいかやはりわからないと。 

 まず、この20キロから30キロの屋内退避エリアについての、原子力災害対策本部と文科省としての見解を教えていただきたいと思います。

 

○西本政府参考人

 お答え申し上げます。
 今、政府内での役割分担を踏まえまして、文部科学省さんにおかれまして、原発のこの20キロ以遠の地域につきまして、県それから関係機関と連携をいたしましてモニタリングをやるということで、今大いにモニタリングは進んでおります。 モニタリングの中身は、空気中のダストを分析したり、地表面とかあるいは土壌のサンプルとか、こういった調査を今大変な勢いでやっております。
 それで、福島県のすべての小学校、中学校、それから幼稚園、保育園、保育所、こういったところにつきまして、4月の5、6、7にかけてモニタリング調査を実施しているところでございます。

 それで、文部科学省さんでは、福島県の実施分も含めてモニタリングの結果を全部取りまとめて原子力安全委員会に報告をいたしまして、原子力安全委員会において、健康への影響がどの程度か、ないかどうかということについて専門的な評価をなさるというふうにお伺いしております。
 原子力安全委員会におけるその評価を踏まえまして、県の教育委員会それから各市町村教育委員会におきまして学校の適切な管理運営がなされるものというふうに、文部科学省さんからお聞きしております。 

 政府内での役割分担をきっちり踏まえまして、住民の安全、安心を確保するために全力を尽くしてまいりたいと思います。
 以上でございます。

 

○高木国務大臣

 今答弁がありましたけれども、馳委員におかれては、昨日、福島県の南相馬市を中心として、永岡委員も紹介がございましたけれども、その被災地の実態調査をされましたこと、先ほどは下村委員もお話がございました。 敬意を表したいと思っております。

 私どもも、政務三役それぞれ手分けをいたしまして、福島県、宮城県、岩手県、それぞれ視察をしております。 また、特に南相馬市については、林政務官が既に視察をいたしておりますし、事務次官も、先ほども鈴木副大臣から紹介ありましたように、大変な三重苦と言われる地域でございまして、特に、学校の始業がいかなる状況にあるのか、当面する課題でございましたので、視察をさせていただきました。

 今、屋内退避指示が出されております半径20キロから30キロ圏内において、できるだけ早く学校の再開をして、屋外での授業等についてどうかという判断については、各市町村の教育委員会が、いわゆる設置者が判断することになりますが、しかし、その判断基準がきちっとできるように、先ほど申し上げましたように、これは、県としてこの5日、6日、7日に1400校を特別にモニタリングをする。 その調査を待って、原子力委員会としてそれを評価をして、学校の再開に当たって、設置者に対して提供することにいたしております。

 いずれにいたしましても、私どもは、児童生徒の健康管理、学校の安全、こういった見地から、これからも、皆様方のいろいろな要望や意見あるいは情報、こういったものを共有しながら対応していきたい、このように思っております。

 

○馳委員

 この後、るる現場の声をお伝えいたしますが、実は、結論は今から申し上げる一点なんです。 子供や教職員が安全に学校生活が送れる放射線の基準は何ミリシーベルトなんですか。 この一点に、教職員も保護者の皆さんも、それから市長さんもおっしゃっておられました。
 現状でのこういう問いかけに、どういうふうに政府としてお答えになるでしょうか、教えていただきたいと思います。

 

○合田政府参考人

 児童生徒が安全に学校生活を送るための放射線の基準ということでございますけれども、これにつきましては、先ほど来お話にございますような放射線のモニタリングを実施をしておりますけれども、その結果を原子力安全委員会に私どもの方から提供いたしまして、原子力安全委員会の助言を求めるということになります。
 現在、福島県を中心に、小中学校等を対象としたモニタリングを実施をしていただいておりますので、その結果を私どもといたしまして速やかに原子力安全委員会に提供をして、助言を求めたいというふうに考えてございます。

 

○馳委員

 速やかにということでありますし、きのう伺いましたら、相馬市の方は4月18日から学校を一応再開するということでありました。 それまでには、めど、目安、そしてその情報に接することのできる体制、このことをやはりお願いしたいと思います。
 では、まず最初に訪問しました福島市南体育館で伺った声をお伝えしたいと思います。

 中学生が3人おりまして、伺いまして、原町第一中学校から避難をしてきた。 3月11日以降は学校に通っていない。 先生方は勤務しておられるようだが、生徒はもうばらばらになってしまっている。 では、あなたはどうするのと伺いましたら、私はあしたから、つまりきょうからですね、松陵中学校というところに行きます。 どうしてと聞いたら、教育委員会の指定で、小高区と浪江町の生徒はそこに行くことになっているんですということでありましたから、なるほど、先生方も自分の担任の生徒の実情を把握して、そして通うべき学校の指定ということについて、教育委員会が協力をしながらやっているんだなということがよくわかりました。

 部活は何かやっているのと聞いたら、バドミントン部をやっていると。 新しい学校へ行ってもバドミントン部に入るのと聞いたら、3人いたうちの2人が実は松陵中学校のバドミントン部の生徒で、一緒にやります、私たちで支えていきます、こういうことでありました。
 そうしたら、その原町第一中学校から避難してきた女子生徒は、一言私にこう言いました。 私は福島南体育館に、それから松陵中学校にいつまでいればいいんですかと私も問われまして、答えに困りました。 恐らく、ほとんどの避難をされている家族も子供たちもそういう思いなのであろうかな。 そのめどをつけてあげることが政治の役割なのかなと思いました。

 同じくその避難所で、ある御家族からこういう話を伺いました。 浪江町から避難をしてこられているそうで、一番困っていることはというのは、こういう答えでした。 情報不足です。 どういうことですかと聞くと、いろいろ問い合わせたんだけれども、浪江町のホームページを見てくれと言われたと。 私たちは着のみ着のまま出てきているのでパソコンなんか持っていない、避難場所にも数台しかないと。 

 そこで、高齢者も多く、インターネットなんか使える高齢者もいないということで、切実な要望として、毎日、ある一定の時間でいいから、浪江町からホームページをファクスして、それを壁新聞でいいから張り出してほしい。 そういう情報に接するだけで安心をする。 ここ南体育館に逃げてきた我々は、やはりまず一番欲しいのは情報だ。 ホームページとかそれは無理だということでのおっしゃり方でありました。 一応このことはお伝えしておきたいと思います。

 それから、細かい話ですが、何度も浪江町の役場に電話するんだけれども、電話窓口の対応が若い職員ばかりで、あちらへこちらへと電話を回されて五分間もナシのつぶてで、わかりませんでしたということが繰り返されているんだそうです。 そういうことにもぶち切れているというふうなお話でありました。

 やはり、電話窓口の対応にしても、せめて朝ミーティングをして、こういうことはこういうこと、こういうことはこういうこと、だれにつなげばいいかということの把握をした上で、窓口対応の若い人でもいいから、そういう線がつながるような方法で情報を出してほしいし、とりわけ、私がお伺いしたのは若い20代の兄弟とお母さんでしたが、この小学校には高齢者も障害者もいるんですと、その方々にわかりやすく伝えてあげなければいけないので、情報の出し方を工夫してほしいということでありました。 

 2カ所目に参りましたのが相馬市の八幡小学校であります。 ここでお伺いしたら、相馬市は4月18日から学校を再開するということでありまして、区域外就学、つまり、住所を変えないで区域外に就学をするということで、ここは、南相馬市と相馬市で教育委員会の方で話し合いをしているということでありましたが、校長先生と教頭先生からお話を伺いました。 

 こちらでもやはり一言でした。 今から申し上げることです。 県教委は何をしてくれるんだ。 県教委ですら判断できないことが日々起こっている。 そこで、決定権を下せる人が現場にいないと始まらない。 指揮官が現場に来ないと始まらない。 何も決定できない。 あれもこれもと、アイデアとかこうしてほしいという要望が来るんだけれども、決定を下せる人が現場に来ないと何も始まらないということでありました。 

 したがって、これは福島県教委の方に文科省からも立場のある方が行っておられるとは思いますが、決断を下せる人を待っていると。 自分の責任、能力では対応できない、この一言は私も重く受けとめました。 県教委の調整がうまく機能できるような体制を整えてやる必要があるなということであります。
 こちらでも、相馬市の八幡小学校でありますが、やはり続々と、当初280名いた避難民が今は70名です、続々とやはり南相馬の方にお帰りのようでありました。 そして学校の方も、最初は体育館で炊き出しをしていたり家庭科の教室で自炊をしていたりというふうなことがありましたが、これをできるだけ分散をし、御家庭に帰る人はやはり帰り始めているということでありました。

 ここで南相馬から小学生、中学生合わせて600名、小学生が400名、中学生が200名、これを受け入れることになっているそうではありますが、それはきのう時点で把握している数字であって、そのほかからも続々と南相馬に帰っている人もいるし、あきらめて、子供だけでも相馬の方に置いておくという人もいるそうです。
 したがって、いつまでこういう生活をしなければいけないのかという不安、そのことを考えると、やはり最初の質問に戻りますけれども、放射線の被害、基準、30キロから20キロ、こういったところに対する最後は、責任を持った判断をして指示をしていただきたいと校長や教頭がおっしゃっておられました。
 ちなみに、ここの八幡小学校の校長先生は、自宅が流されて、親と娘さんが遺体で見つかったと。 洗濯機の中に泥水と木と人間を入れてかき回したような遺体の損傷の度合いで、これ以上私も申し上げることができないような悲惨な状況でありますが、ただ、校長も、避難場所である八幡小学校の運営、市の教育委員会との連絡、それから南相馬市の方との連絡、保護者との連絡に追われて、ほとんど家には帰ることができない状況でありまして、正直、私はこの校長先生が参ってしまうんじゃないかなというふうに、はっきり言って思いました。

 人事はどうなんですかとお伺いしたら、4月1日の人事は8月1日に延期をされたということでありましたから、一応、被災した状況の学校体制というものは、担任も含めて人事の方は8月1日まで維持されているということで、当面の人間関係については大丈夫なんだろうとは思いますが、これはやはり、先生方に対するメンタルケアも必要だというふうに思われました。

 次に、相馬市役所に参りまして市長からヒアリングをいたしまして、教育に関してはこの一点であります。

 磯部地区の学校には行きたいんだけれども、そこで生活はしたくないという子供たちがほとんどだ。 したがって、避難所からスクールバスで通って学校で勉強したい。 学校は磯部地区の学校に行きたい、しかし、そこでもう住みたくない。 それは、津波の悲惨な光景が子供たちに刷り込まれていて、いわゆるPTSD、夜中にも非常に眠れない、あるいは震えが来てという典型的なPTSDの状況であります。 したがって、スクールバスの活用とか、あと給食の手当て、このことがまず必要なのではないかなと。

 これ、できる限り現場で一生懸命やりますけれども、まず、子供たちが学校を再開したときの県や国の支援をお願いしたいということでありました。 

 ちなみに、この相馬市の市長さんは、籠城作戦ということを既に表明しておられますね。 いわゆる国の命令がない限り、自主避難というだけでは絶対に相馬市を出ない。 やはり市長としての判断だと思います。 つまり、自主避難というだけでは、屋内退避という勧告だけでは絶対に相馬市は出ない、この中にとどまって籠城してでも頑張るんだ、こういうふうなおっしゃり方をしておられました。 

 その後、4カ所目が新地町役場に行ってまいりました。 ここには、岡山の方から、日本原駐屯地から自衛隊の皆さんが来て役場の四階で作業をしておられて、激励をしてまいりました。
 ピロティーがあって、その四階から海の方を見渡すことができまして、一面瓦れきでありまして、町長さんと、あと議会の皆さん方ともお話をしたんですが、まずはこの瓦れきをどこに置くのかと。今は一時管理ということで置いてあるんだけれども、今後これを分別をして処理をしなきゃいけない。そのための重機、作業、専門的な人材、そしてそれを手当てする予算、こういったものについては、すぐにやはり指示を出してほしいという町長さんの声であったということをお伝えしておきます。

 その後、役場の近くにあります新地小学校に参りまして、私の車に積んであった支援物資を置いてまいりました。 

 その後、一路南下して南相馬市の鹿島区、これは合併したんでしょうね、鹿島区の役場に参りまして、消防団の皆さん方がここを拠点に遺体の捜索活動をしておられて、ほとんど三週間自宅に帰っていない、また家も流されているという方々がほとんどでしたので、野菜など救援物資をおろしてまいりました。 野菜を見て、ダイヤモンドよりもありがたいという言葉をいただき、本当にすさまじい状況であるなということを改めて私も実感をいたしました。

 そして、最後に南相馬の市役所に参りまして、市長さんとお話をさせていただきました。

 何度でもこれは申し上げますけれども、20キロから30キロの屋内退避地域の国の判断をとにかく求めている。 今現在は、一たん避難した市民が本当に南相馬市に戻ってきている状況である。 どう市政を運営していくかということを考えると、やはり国の方向づけを早く出してほしいということでありました。 同時に、やはり原発政策に対して今後の国の方針を出してほしいと強くこれは申しておられました。

 以上、7カ所で訪問をしてお話を伺ってきたことをちょっと一方的ではありますが申し上げましたが、大臣ないしは関係の当局でもし答えていただける部分がありましたら、ちょっとお答えをいただきたいなと思いますので、よろしくお願いいたします。

 

○鈴木(寛)副大臣

 いずれも大事な御報告をいただきました。 全力を挙げて取り組んでまいりたいと思いますが、その中で、20キロから30キロの中にあります対応について、特に学校あるいは児童生徒の取り扱いについては、私どもが同じようなお話を南相馬からもいただいておりますし、先ほど大臣も御答弁申し上げましたが、林政務官が現地に赴き、また、前川官房総括審議官には、隣県、隣接市との調整も含めてコーディネート役をしてもらっております。 その中でも、一番難問として抱えておられる問題がそれであるということを私どもも把握しております。

 これにつきましては、私たち文部科学省がきちっと現地の教育委員会に成りかわって、内閣府の原子力安全委員会あるいは官邸ときちっと調整をして、そして政府の判断というものを官邸本部に決めてもらって、そして、それに基づいてこの現地の教育委員会に適切に助言をさせていただきたいというふうに思っております。

 今、断続的に官邸本部あるいは原子力安全委員会に、先ほど来御答弁申し上げているところではございますけれども、調整を行っている。 私どもとしても、この安全委員会の見解あるいは官邸の原子力災害対策本部の結論を今待っているという状況でございます。

 結論が出ましたら速やかに助言をしてまいりたいと思いますし、そして、それに伴うさまざまないろいろな手当て、先ほどスクールバスのお話などもございました、あるいは、教員のさらなる配置ということもやってまいらなければいけない。

 特に、やはり南相馬については特別にきちっと対応していかなければいけない事情があるというふうに我々も認識をいたしておりまして、もちろん、県教委も頑張っていただいておることは大変敬意と感謝をしているわけでありますけれども、ここについては、きょうの御指摘どおりであると私ども思いますので、直接に文部科学省官房とホットラインでもって対応させていただきたいというふうに考えております。

 

○馳委員

 八幡小学校の職員室で40分ほど話し合いをしたり、あるいは鹿島区役所に行って消防団を訪問したときに、私を見て先生方とか消防団が、あっ馳だ、馳、馳と言って、私のことをプロレスラーと思って見ているものですから、みんな、サイン下さいとか握手してくださいとか、わあっとちょっと盛り上がったんです。

 やはり文部科学省の役割としては、そういう意味でいえば、オリンピック選手とか、今はこういう時期だからお相撲さんとか、激励のために、そういう被災地でちょっと落ち込んでいる人たちがぱっと明るくなるような、元気が出るような人たちを派遣することも、これもまた一つの文部科学省らしい支援のあり方なのではないかなと思いました。 蛇足でありますが、この点は申し上げておきたいと思います。 

 それで、全体的な震災、原発、津波の被害による学校現場の被害についての現状を、ちょっとお伺いしていきたいと思います。
 新年度が始まりましたが、再開できない学校はどのくらいになりますか。 まずお伝えください。

 

○山中政府参考人

 このたびの東日本の大震災によりましてとりわけ被害が大きかった岩手、それから宮城、それから福島、こういうところの学校の再開の状況でございますけれども、岩手県では、公立の小中高校ともにおおむね4月20日以降の再開を目指して、できれば4月以内に再開をしたいということで今取り組んでいるという状況でございます。 中には、陸前高田市の高田高校が5月初旬を目指してということもございますけれども、大体今月内を目指して今取り組まれているというところでございます。

 また宮城県では、公立の小中学校、これはまず仙台市では、4月11日を基本として、21日までの間に学校の状況において再開したいと。 また、他の市町村においては、現在検討中ということで取りまとめておられることと思います。 また、県立は4月21日を標準として再開しようと。

 福島県では、原子力発電所周辺の30キロ圏内の学校、これは当面再開されませんけれども、その外のところの空き教室等を活用した学校機能の移転ですとかその検討、また、今、20キロから30キロ圏の圏内につきましては、モニタリングの結果、これを見てまたそこで判断しようという、特に南相馬市が一番子供の数、学校の数も多いという地域でございますので、その辺について今対応を検討しているというところでございます。

 また、震災を受けてそれで移転したというところもございますので、そこの地域では、そこの地域でもとの市町村の学校として再開するというところもございますし、あるいは、移転した先の公立学校等に転入して、そこで入学して教育を受けるというふうな場合等もございます。

 いずれにしても、子供たちの教育というものがしっかりと担保されるように、受け入れ先の市町村あるいは受け入れ先の学校、こういうところについても、円滑にそれぞれ学校が始まるときに被災地から避難してきた子供たちが受け入れられますように、私どもとしてもしっかりと対応してまいりたいというふうに考えております。

 

○馳委員

 そして、大震災、津波等によっての死亡、行方不明の幼稚園児、小中高校、大学生、どのくらいか、最新の数字をお伝えください。

 

○辰野政府参考人

 本日朝7時現在の数字で申し上げますと、まず、震災による安否未確認者も含む行方不明者、幼稚園児12人、小学生123人、中学生176人、高校生187人、大学生24人、総計522人ということになっております。
 県ごとに見ますと、岩手県で70人、宮城県249人、福島県203人でございますけれども、実は、きのうの数字と比べまして宮城県が500人ほど行方不明者が少なくなりました。 これは、石巻市それから気仙沼市の方から確認が上がってきたということだそうでございます。
 この辺の数字、まだ鋭意調査中でございますけれども、現在の状況ということで御報告申し上げました。

 

○馳委員

 ということは、石巻、気仙沼は本当に被害がひどく、なかなか実態の把握に手間取ったということでよろしいですよね。
 それでは、避難している子供たちの学籍簿の管理、これは十分できておりますでしょうか。

 

○山中政府参考人

 学籍簿の管理の関係でございますけれども、文部科学省では3月14日に通知を発出しまして、被災地域の子供たち、これは、被災した子供が希望した場合、避難先の学校は速やかに受け入れていただくようにということをお願いしているところでございます。
 この場合、被災した子供たちがほかの学校に移ります場合、避難先の学校の方に正式に転入するという場合と、それから、もとの学校に一応在籍したままで避難先の学校に事実上転入する、こういう場合が考えられると思います。
 いずれにしても、そこのところを子供さんあるいは保護者の方に確認して、その辺を確認した上で、そちらの避難先の方の学校に正式に転入するのか、あるいは在籍したままでそこに事実上置くのかということを明確にした上で取り扱ってほしいということを、全国の教育委員会にも事務連絡で示したところであります。

 この場合、その事務連絡の中でも、学齢簿とか指導要録、これが紛失して直ちに事務手続ができないといった場合もあると思います。 この場合、対象の子供の名前、住所、受け入れ年月日、受け入れ校、もとの在籍校名、そういう就学手続上必要と思われる事項については、転出元、もとの学校の方の教育委員会とか学校、可能な限り連絡をとって、記録して、児童生徒の指導や証明に生かすようにという形で、まずはその聞き取りということをやったり、あるいは、時間がだんだんたちますと情報がとれると思いますので、もとの教育委員会あるいは学校の方に問い合わせて、それで埋めていくということを依頼したところでございます。
 いずれにしても、これからそういうケースが非常にふえてくると思いますので、子供たちの就学機会がしっかりと確保できるよう、その管理もできるよう、しかし柔軟な形でそれが取り扱われるように、私どもとしても、都道府県あるいは市町村の教育委員会、学校にお願いしていきたいというふうに思っております。

 

○馳委員

 次に、被災して使えない幼稚園、小中高校、大学の施設、これについて把握しておられるでしょうか。

 

○辰野政府参考人

 これも本日朝7時現在の数字でございますけれども、使えない幼稚園、小中高、大学につきまして、国立学校で72校、公立学校で5,698校、私立学校で1,238校、計7,008校というふうになっております。
 このうち公立学校について、教育委員会からの報告をもとに、特に建物の被害が大きくて、建てかえまたは大規模な復旧工事が必要と思われるものは約180件ぐらいと把握しておるところでございます。

 

○馳委員

 では、その施設の復旧に向けての課題は何でしょうか。 特に、私学は経営上も厳しいだろうなと思われます。 また、現地での建てかえか、近隣での建てかえか、土地の確保なども大変だと推定できますが、この課題について今考えているところをお述べいただきたいと思います。

 

○鈴木(寛)副大臣

 まずは、今までの校舎が使えるのか使えないのか、応急危険度判定というようなことを言っておりますけれども、それをやって、修理で対応するもの、それから、もうこれは建てかえ、それから、今回のケースは同じ場所の建てかえが難しいケースが非常に多いので、土地の確保、手当てといったところからやっていくという、いろいろなそれぞれのケースにきめ細かく対応していかなきゃいけないと思っています。

 今回、別の場所にというのは、結局津波ということが大きな要因になっているわけでありますので、もう何度も申し上げておりますけれども、これは本当に未曾有の状態でございます。 したがいまして、そうしたことに大変柔軟に対応できる、そして、かつ十分な財政の支援といったことをやっていくということと、それから、平時であれば、書類の作成、我が国はそういうところがきちっとしておりますので、しかしながらこういう事態でありますから、事務手続の簡素化や柔軟な対応ということを、これはやはり私も口酸っぱく言っているところでございます。

 それでなくても本当に大変な現場の皆様方に、こういったことで御負担をかけることのないようにきちっと指導をしてまいりたいと思いますし、文部科学省はこういう方針を出させていただいているんですけれども、なかなかそれが、大変誠実といいますか、いい意味で申し上げているんですけれども、きちっと対応していただく教育委員会が大変多いものですから、これは非常時なので、優先順位を、現場あるいは児童生徒、教職員、その立場に立って制度を合わせますからということを何度も繰り返し申し上げてきておりますし、さらにそのことをきちっと徹底をしてまいりたいと思いますし、委員の皆様方におかれましても、御協力をお願い申し上げたいというふうに思っているところでございます。

 

○馳委員

 学校施設は避難場所でもありますし、より一層耐震化工事を進めるべきと思いますが、その際に、今回の大きな課題となりました津波対策ということも踏まえて、今後の課題は、我々政治の責任は、予算の確保、特別立法による補助率のかさ上げ、そして、ここに津波対策といったものも踏まえていく必要があると私は思いますが、いかがでしょうか。

 

○鈴木(寛)副大臣

 国会の御指導と御支援を得て、ぜひ私どもも全力を尽くしてまいりたいと思います。

 

○馳委員

 最後の質問と、お願いを一つしたいと思います。
 重要文化財の損壊状況と、これも今後の再建課題についてお伺いするのと同時に、実は去年、全国に3カ所ですか、マルチパラメーターレーダーが配備されたと思うんですよ。 いわゆる災害のときに、時々刻々と変わる被災状況を把握して現場に防災体制をしく、その情報管理のためのマルチパラメーターレーダー、これはどう考えてもやはり三陸沖にも設置していくべきだなと私は思います。 ぜひこれを検討課題にし、補正予算ででもいいですから、すぐにやってほしいと思います。
 このことを申し上げて質問を終わりたいと思いますが、文化財のことだけお伝えください。

 

○吉田政府参考人

 重要文化財を含めまして文化財全般につきまして、今回の大震災によりまして数多くの被害が生じております。 昨日までの段階で、総数として458件に上っております。
 このうち、重要文化財のうちでも建造物の関係について見てみますと、国宝4件、さらに重要文化財の建造物112件に今被害が生じているということでございます。
 文化庁におきましては、被災状況を把握するために、各教育委員会から要請があったものにつきまして、比較的地震被害の少なかった首都圏などから順次文化庁職員を派遣いたしまして、実情の把握に努めております。
 なお、現時点におきましては、受け入れ態勢が整い、被害のあった重要文化財建造物の応急措置など緊急性の高いものを優先的に対応しているところでございます。
 今後の課題としましては、被災した重要文化財建造物の災害復旧事業の関係につきまして、通常の修理事業の補助率に加算した補助率で国庫補助事業を行えることとなっておりますけれども、今後、各都道府県の教育委員会あるいは文化財の所有者などの要望を踏まえながら、国としての支援方策をつくり上げてまいりたいと考えております。

 

○馳委員

 終わります。 どうもありがとうございました。

  ※詳しくは衆議院 会議録議事情報 会議の一覧 をご覧ください。
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