衆議院 法務委員会 会議録 第174回国会 第10号
平成22年4月27日(火曜日)
---------------------------------------------------------------
【馳浩 質疑部分 抜粋】
○滝委員長
次に、馳浩君。
○馳委員
自由民主党の馳浩です。
きょうも、辻先生また山尾先生のお話を聞いていて、もっともだと私も思いました。 ちょっとこの法改正は拙速過ぎたんじゃないのかなという印象を持ちながらも、そうはいいながらも、与野党理事で、きょう採決があると聞いておりますので、私なりに思うところもありますので、前回に引き続き質問を続けさせていただきます。
先般、参考人質疑がございまして、日弁連の江藤洋一さんから反対のビラが配付をされましたので、これに基づいてまず質問させていただきます。
このビラに、「被害者・遺族の方々の声は多様です」とあり、「公訴時効の廃止・延長をもって被害者救済とするなら、あまりに安易です」と主張されておられます。
そこで、今回の法改正に合わせて、被害者や被害者家族の支援のあり方を今後どうしていく方針か、検討されたのでしょうか。
○千葉国務大臣
御指摘のとおり、公訴時効の廃止をめぐりましては、被害者、御遺族の方々の中にもさまざまな御意見があるということ、それから、被害者の救済のためには経済的、精神的な支援が必要であるという意見が示されているということは、私も十分承知をさせていただいております。 また、犯罪被害者に対する支援、これはさまざまなものが考えられるかと思っております。
本法案では、人の命を奪った殺人等の犯罪について、時間の経過によって一律に犯人が処罰されなくなってしまうのは不当ではないだろうか、こういうことに基づきまして、被害者等の皆さんのいわば感情、こういうもの、それからそれが国民の間で広く共有されるようになっているということを踏まえて、これに対応しようと考えたものでございます。
ただ、被害者支援そして保護の施策というのは、この公訴時効ということで足りるものでは当然ございません。 今後とも、犯罪被害者に対する適切な保護、支援を充実させていくということが必要であろうというふうに思います。先ほどの答弁でもちょっと触れさせていただきましたけれども、平成17年12月に閣議決定された犯罪被害者等基本計画の計画期間が五年ということでございまして、今後、この計画の改定作業、こういうことが進んでまいります。 その中で、一層充実した被害者保護のあり方について、これは法務省のみならず政府全体、関係する省庁が中心となりまして検討をしてまいりたい、そして、よりよき計画を策定させていただきたいと考えているところでございます。
○馳委員
もし私がこういう被害者になったり被害者の家族となったとしたらどうだろうかな、こういうふうに私も考えます。 できる限り情報が開示されることを望みますし、それによって受けた心の傷とあるいは財産上の負担というものを回復させよ、こういうふうに求めることにもなろうと思いますし、二度とそのような犯罪が行われないような警察また司法の取り組みの強化を求める、こういうふうになるのかなと私も思っております。 この被害者、被害者家族に対する支援というものは、政府としてもさらに考えていくべきであると思います。
そこで、次の質問に移りますが、ある犯罪について公訴時効が成立した後、その事件はどのように処理をされていくのでしょうか。 時効が成立したからそれで何もしない、一切終わり、報告もしないということなのかどうか、まず教えていただきたいと思います。
○加藤副大臣
先生御存じかとは思いますが、事件送致の一般論から少しお話をさせていただきますと、刑事訴訟法の246条に規定がございまして、「司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、」原則として「速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。」こう定められてございます。 この「犯罪の捜査をしたとき」というのに当たるかどうかというのが問題でございますが、これは個別具体的な証拠関係等によって個別に判断をされるということになるわけであります。
この一般論は、仮に公訴時効が廃止をされたといたしましても、その場合の事件についても同様でございまして、警察においては、犯人が検挙されない限り永久に事件送致ができないということになるわけではありません。 すなわち、場合によっては、その証拠関係等から、真犯人がもう明らかにこの世にいないというようなケースも考え得るところであります。 この個別具体的な証拠関係に基づいて、今申し上げたような事態に至ったときにつきましては、公訴提起の可能性がなくなるわけでございますので、警察において事件送致をして、検察当局において不起訴処分によって捜査を終結するということがあり得るところであります。少し細かな話になりますが、検察における不起訴処分について、裁定主文をどうするかという問題が実はございます。 今申し上げたとおり、犯人を特定することができないという意味でいえば嫌疑不十分ということにするのか、あるいは被疑者が死亡したと考えられることから被疑者死亡とすべきか、あるいはまた、今回の法改正に当たって別の裁定主文というものを設けるのか、ここが問題でございますけれども、現在検討している最中でございますので、また鋭意先生方の御意見なども承りながら協議を進めてまいりたいと思っております。
○馳委員
素朴な質問ですが、そういうふうに処理をされた案件は、被害者や被害者家族には情報は開示をされないのでしょうか。 それとも、何らかの手続をして要求すれば情報は開示をされることになっているのでしょうか。
○加藤副大臣
現行の制度で申し上げますと、被害者等通知制度というのがございますので、御希望がある場合には、その不起訴処分等について御通知を申し上げるということになってございます。
○馳委員
わかりました。
では、関連して、民事賠償裁判において賠償判決が出ても、被害者に賠償される機会が少ないと聞いておりますが、実態はいかがでしょうか。
○千葉国務大臣
民事で賠償を請求した、そういう際でございますけれども、まず一つは、判決を得て、加害者から訴訟外で任意に支払いを受けるというケースがあろうかと思います。 これはなかなか難しいだろう。加害者が任意に支払いをしない場合には、被害者は判決に基づいて強制執行の申し立てをしてそれを取り立てるということになりますが、例えば、加害者、相手方に財産がない、あるいは経済的なそういうものがないということになりますと、なかなかこれも、強制執行はできますけれども、現実にはそれを得ることが困難だということも多いというふうに思います。
そういう意味で、被害者に対してどのように支払われたか、あるいは強制執行でそれが確保できたかということは、非常に個別の問題になりますし、それから、それぞれのプライベートなところにもかかわるということで、実態の把握というのがなかなか困難でございます。 いろいろな形で、確保できた、あるいは全くできない、一部はできた、いろいろなケースがあるというふうに思いますが、これを実態的に把握するというのはなかなか難しいことでございまして、これからも、調査をして把握するというのはなかなか難しいのではないかなというふうには思います。
ただ、実際の、私のこれまでの経験とかあるいはいろいろなケースを考えてみますと、支払われる機会というのが大変少ない、厳しい状況だろうということが推測はされます。
○馳委員
大臣もおっしゃったように、被害者の泣き寝入りが多いというふうに推測されます。 民事賠償の代行を国が行い、国が犯人に求償する、こういう制度も限定的に創設すべきではないかと思います。
私は、二年前にオウム犯罪被害者救済法案にかかわったときに、この求償制度というのが非常に議論の的になりまして、一般のというよりも、特にこういった凶悪犯罪、こういうことについて国が求償制度をもって限定的に救済する、こういうことも考えられる時代ではないのかなとそのときから思っておりましたが、大臣の見解を伺いたいと思います。
○千葉国務大臣
国が賠償した上で求償するという制度、一つの考え方ではないだろうかというふうに私も思います。 馳委員も、ほかの課題でも、お子さんの養育費などもこういう制度はどうだろうかという議論があったりいたします。 ただ、これについては、結局は国民の税金をみんなでそれに使っていこうということになるわけですので、いろいろな議論が必要になってくるかというふうに思っております。
そういう意味では、先ほど申し上げましたような犯罪被害者等給付金という制度がございますけれども、それだけではなかなか十分でないという問題もあり、あるいは、そのほかにも、犯罪被害者の皆さんの経済的、精神的な支援をどうしていくかということはこれからも考えていかなければなりません。
基本計画の改定等もございますので、そういう中の議論も含めて、そして国が賠償して求償するというのは本当に一つの大きな考え方だというふうに思いますので、ぜひ今後の検討の重要な材料にさせていただきたいというふうに思います。
○馳委員
これは、だれもが思うと思うんですね。 犯罪被害者を、経済的にも、また生活再建においても、さらには日常生活の精神的な支えとなるべく支援が必要だということはだれもが理解をできることだと思います。 したがって、私も限定的にという言い方をさせていただきましたが、ここは今後の大きな課題だと私は思いますので、ぜひ大臣にも御理解をいただきたいと思います。
では、またビラに戻りますが、「何よりもえん罪を発生させる危険性が高まります」と主張されておりますし、巻き込まれの可能性も指摘しておりますが、本当にそうなのでしょうか。 冤罪発生の危険を防止する具体策などあれば、お伺いしたいと思います。
○加藤副大臣
御指摘のとおり、冤罪といいますか、無実の人が処罰されるようなことがあってはならないというのは論をまたないところでございますし、私も、もちろんそのことは大変強く考えてございます。
その意味では、公訴の提起に当たって、証拠の吟味というのを慎重にする、あるいはさまざまな条件、要素について十分に留意をしていくということは、当然検察官にも求められるものと思います。
今御指摘の、時が経過をして証拠が散逸をするがゆえ、被疑者、被告人の防御が困難になって冤罪を生むのではないか、こういう御指摘かと思いますけれども、確かに、証拠の散逸が時とともに進むということは否定しがたいことだろうと思います。ただ、一方で、これも先生よく御案内のとおりでありますけれども、公訴の提起におきましては、検察官が非常に重い挙証責任を負っているというのも事実でございますので、一方的に、被疑者、被告人の側だけが不利になるということではなく、その立証の方も難易度が高まるというふうに理解できるのではないかと思います。
あわせて、刑訴法では、被告人の人権にも配慮をいたしまして、適正な裁判を行う仕組みとしてさまざまな制度が設けられてございまして、証拠裁判主義、自由心証主義、自白法則、伝聞法則、それぞれ定められておりますし、何よりも、疑わしきは被告人の利益にという大原則があるところでございますので、これらの機能が正しく働いている限りにおきましては、裁判も厳格かつ適正に行われるのではないかというふうに考えられます。 その意味では、時が経過したからといって、ただ冤罪がふえるという御懸念は当たらないのではないかなというふうに考えます。ただ、一言付言をさせていただくならば、そうはいいましても、長期間たって裁判をするというケースが今後あり得るところでございますので、証拠の適正な保管等につきましては、今まで以上に十分な配慮が必要になってくるというふうに考えてございます。
とりわけ、DNA型の鑑定試料等の保管につきましては、既に予算措置なども講じてございますけれども、警察あるいは検察におきましても、今まで以上に適正を確保していきたいというふうに考えているところでございますので、今後一層、私どもも含めて、先生方の御指摘もいただきながら、重きを置いてこの問題についても取り組んでまいりたいと思っております。
○馳委員
ビラに戻りますが、「いまもなお、日本の刑事司法には重大な問題があります」とありまして、取り調べの可視化、弁護人の立ち会い、時間制限の早急な検討を主張しておりますが、大臣の見解を伺いたいと思います。
○千葉国務大臣
日弁連の方からそのような御指摘があることは、私も承知をいたしております。
取り調べの可視化につきましては、今回の公訴時効の廃止、延長ということにかかわるだけではなくして、今既に、これは取り調べの透明化を図るということを考え、取り調べの可視化の実現に向けていろいろな検討をさせていただいているということでございますので、この御指摘にはどこか適切な時期におこたえをすることができるようになろうかというふうに考えております。
それから、弁護人の立ち会い権それから被疑者取り調べ時間の制限、こういうことがやはり指摘をいただいております。
この立ち会い権の保障についても、これもいろいろな御議論があるところでございます。 今後また、いろいろな観点から検討させていただく問題ではないかというふうに思っております。また、時間制限、これについても、この間一定の、夜間などにわたるようなことがあってはならないとか、あるいは一定の時間ごとに休憩をとるようにというようなことを、検察の取り調べに当たっても実施をしているところでございます。
なかなかこれを、ではあとどのような形にするかということも、取り調べの実情、時間をじっくりかけて話を聞くというようなケースもあろうかというふうに思います。そういうこともあわせながら、このあり方についてもさらに検討が続けられていくものというふうに承知をいたしております。
○馳委員
いずれも検討の課題ということでの認識があるということを私も理解して、次の質問に移ります。
またビラに戻りますが、「捜査資料・証拠物の全リスト作成と弁護側への開示が必要」と主張されていますが、所見を伺いたいと思います。
○千葉国務大臣
検察官の手持ち証拠の開示、これについても大変御議論のあるところでございます。
平成16年の刑事訴訟法の改正によりまして、その範囲が大幅に拡充をされております。 しかし、それでも不十分である、そういう御意見もあることは承知をしております。
当事者間で証拠開示をめぐる争いが生じたときには裁判所が裁定をするということになっておるわけでございまして、今後、この証拠開示に関する制度の見直し、関係者のいろいろな、やはりこれも名誉、プライバシー等々の問題もないわけではございません、そういうことも十分考えつつ、運用状況も踏まえながら、やはりこれも一つの大きな検討の課題であるというふうに認識しております。
○馳委員
私は、これはさらに進めるべきだと思っています。証拠がある、本当にその証拠が確実なものなのか、正確なものなのか、それは裁判において挙証されるべきものだともちろん思いますが、弁護側の立場に立てば、あるいは裁判官としても判断をする際に、その証拠が本当にそうなのかということの精度、確度、これをやはり高めていくということが、裁判を、国民に開かれた、そして信頼の置けるものとしていくためにも、私は今の日弁連の御指摘は当然のことだと思っていますので、さらに検討をお願いしたいと思います。
では、次のテーマに移りまして、公訴時効進行中の犯罪への遡及適用、先ほどから辻先生も御指摘をしておられました。憲法第39条、「何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。 又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。」こういうふうにあります。
では伺っていきますが、今回の法改正、憲法第39条の遡及処罰の禁止に反しないかという論点があります。 学説は鋭く対立をし、判例は判断を留保していると聞いておりますが、いかがでしょうか。
○加藤副大臣
まず、さまざまな研究者の方がいらっしゃいます中、学説の状況につきましても、私がすべてを網羅的に把握しているわけではございませんので、その点は御理解をいただきたいと存じます。
その上ででありますが、把握している範囲で申し上げれば、まず、消極的な見解として、公訴時効制度は、刑罰を加える必要性が時間の経過とともに消滅、減少するという実体法上の根拠も持っているゆえ、公訴時効期間の事後的な延長は憲法39条の根底にある実質的人権保障の原理に反するから認められないという見解があるということは承知をいたしております。一方、逆に、積極的な見解といたしましては、公訴時効期間に関する定めは、公訴時効が持つ安定的機能のもたらす利益と犯罪者の処罰を確保する利益とを比較考量して立法者の決すべき事項であり、したがって時効期間の事後的な伸長も許されるという見解でございます。
先生御指摘のとおり、両論あるわけでありますが、法制審議会の刑事法部会におきましては、そうしたさまざまな御意見、学説も踏まえた上で、憲法39条の趣旨というのは、行為者の予測可能性を保障するために事後的な立法による遡及処罰や刑の加重を禁止したものと考えられる、そのため、公訴時効の定めは、犯罪の実行時に、行為者に対し一定期間逃げ切れば処罰されなくなることを約束するものではない、また、仮に行為者がそのような期待を抱いたとしても、その期待は保護に値するものではなく、憲法もそれを保護しているとは考えられない、したがって、公訴時効について、裁判時の法規を適用しても憲法39条に違反するものではないという見解が多数を占めたというふうに聞いております。
判例でありますが、もう御存じのとおりでございまして、犯罪後に実体法の改正を伴うことなく公訴時効期間が改正された場合に、改正後の規定を適用することが憲法39条に違反するかどうかについて判示した最高裁判例はございません。
○馳委員
私は、この問題は間違いなく違憲訴訟が提起をされると思います。したがって、当委員会でも十分審議をした上で、今回の法改正の立法趣旨を明らかにして憲法39条の論議をしておく責務があると思いますが、加藤さん、どう思いますか。
○加藤副大臣
参議院も、そしてこの衆議院の法務委員会におきましても、あるいは法案策定過程において、法制審議会も含めてさまざま御議論をいただいてきたところでございますけれども、もちろん十分な御審議をいただくということは必要だと思っておりますが、この公訴時効の改正規定を時効が進行中の事件について適用するということは、私どもは、憲法39条の趣旨に反しないということで内閣提出法案としてこの法案を提出させていただいているところでありますが、なお一層、先生も含め、十分に御審議をいただきたいというふうには考えてございます。
○馳委員
法解釈において、文理解釈と目的論的解釈の解釈があります。 どんな解釈方法か、まずお伝えください。
○千葉国務大臣
文理解釈と目的論的解釈というのは、法令の用語というわけではございません。ただ、一般的に言われるように、あるいは私も勉強したような気がいたしますが、文理解釈というのは、法令の規定を、その規定の文字あるいは文章の意味するところに即して解釈をするという考え方でございます。
また、目的論的解釈というのは、法令の解釈について、その法令の達成しようとしている目的や法令のあるべき趣旨、こういうことをどちらかといえば重視して、その趣旨にのっとって結論を導いていく、こういう解釈の仕方だというふうに言われております。
○馳委員
そこで、この文理解釈と目的論的解釈の解釈が対立をした場合、一般論として目的論的解釈が優先されると聞いておりますが、それでよろしいでしょうか。
○千葉国務大臣
これも、今考え方を申し上げましたけれども、文理解釈だからといって全くその趣旨とかそういうものが捨象されるということではないというふうに思いますし、それから、目的論的解釈だといっても、では、法令の文言やあるいは文章と全くかけ離れる、そういうことはあり得ないわけでございまして、そういう意味からすると、どちらが優先をするというふうには一概には申し上げにくいのではないかなというふうに思います。
○馳委員
では、ちょっとまた意地悪な質問に入りますが、この問題について、憲法第39条の文理解釈をすれば、遡及適用は合憲ですか、違憲ですか、どうなりますか。
○千葉国務大臣
今申し上げましたように、どちらの解釈をすればという前提でお答えをするというのはなかなか困難なところでございますけれども、あえて分けて考えてみますと、憲法39条の文理上、実行のときに適法だった行為を後から処罰することは禁止、こうなっているわけですので、現に時効が進行中の事件は実行のときに適法だった行為なわけではありませんので、この文言上、そのまま考えると、憲法には違反しないということになろうかというふうに思います。
○馳委員
では、憲法第39条の目的論的解釈で決定的な役割を果たす、この39条の立法趣旨について政府はどう考えておりますか。
○千葉国務大臣
憲法39条は、事前に、どのような犯罪が処罰をされ、そしてそれについてどのような刑罰が科せられるかということを告知して、普通に行為をしている者の予測可能性を保障する、いわば自由の保障ということになりましょうか、こういうことがこの39条の趣旨というふうに考えられると思います。
○馳委員
今大臣もおっしゃった、行為者の予測可能性を保障するという立法趣旨を重視して、実行時に違法だが刑罰がなかった行為を後から刑罰を定めて遡及適用することや、実行時に刑罰を科されていた行為に後からより重い刑罰を定めて遡及適用することも禁止していると解釈されております。
私が今指摘したことについて、政府見解も同じであり、この法改正で解釈変更することはありませんね。
○千葉国務大臣
今回の法改正でこの考え方が変わるわけでは全くございません。
○馳委員
法改正で今問題となっている事例は、殺人罪を例に挙げると、実行時に刑罰を科せられている行為で、後から公訴時効が廃止され、犯人が死ぬまで半永久的に処罰される可能性がある事例となります。 この事例は、確かに刑罰が重くなっている事例ではありません。 しかし、時間軸という物差しから眺めてみると、二十五年で国家の刑罰権が事実上消滅していたものが、事後法の適用で国家の刑罰権が半永久的に存在することになるわけでありまして、一般人の価値評価からして、時間的観点からして、刑罰が重くなったと受けとめるのが通常であります。
そうであるなら、さきの遡及適用を禁止している刑罰が重くなった事例と区別すべきではなく、遡及適用を禁止すべきではないかと思いますが、いかがでしょうか。
○千葉国務大臣
これも多少繰り返しになろうかというふうに思いますけれども、憲法39条が禁止しているのは、先ほどから指摘をさせていただいているように、実行のときに適法だった行為を後から処罰をする、あるいは後から刑罰を重くする、こういうことだというふうに理解ができると思います。それは、先ほどもこれも触れましたように、行為者の予測可能性を保障しよう、こういうものでございますので、公訴時効の定めはここには当たらないというふうに考えております。
ただ、例を挙げていただいたわけですけれども、やはり、犯罪を行うというか、その行為に当たって、行為者が何年間逃げ切れば処罰されなくなると考えて犯罪に及ぶこと、こういうことが通常であると言えるかというと、大変疑問だというふうに思うんですね。加えて、現行法のもとでも、例えば公訴時効の進行というのは、共犯者の一人に対してした公訴の提起によって停止がされる、あるいは犯人が国外にいる場合等にも停止をするというようなことがございます。 そういう意味では、公訴時効の期間というのは、犯罪行為の時点で当該犯罪の法定刑を基準とした公訴時効期間に一義的に定まるものではなくて、その後の、今申し上げましたような事情によっても変わってくるということがございますので、そういう意味では、決して39条に違反するということはないというふうに考えております。
○馳委員
ここは慎重に議論されなければいけないところだと思いますが、実は、ここの価値判断の差が、遡及適用が合憲か違憲かの分かれ道ではないかと私は思います。
私は、公訴時効期間に対する予測や期待は、憲法39条が保護すべき予測や期待だと考えております。 公訴時効が廃止された殺人罪などは、一般人から見れば、新たな第二の殺人罪が誕生したことと価値的には同じと言えると思います。 それだけ、公訴時効の延長とは別に、その廃止は、実体法の構成要件や刑罰の改正と同視され、刑罰の目的である犯罪抑止効果は確実に上がったと見るからであります。
大臣の見解を伺いたいと思います。
○千葉国務大臣
第二の新たな犯罪を創設することになるかどうかというのは、いささか委員とはちょっと私も考え方を異にしておりまして、犯罪を犯した場合の刑罰に関する行為者の予測可能性と公訴時効に関するものとは、やはりおのずと性質が違うのではないかというふうに思います。
また、今回の法整備によって犯罪抑止の効果が期待できる、これは私も一定そのような効果を期待させていただくわけですけれども、これは、今委員が御指摘したような観点からということではむしろなくて、刑事司法に対するいわば信頼、こういうものが、こういう犯罪に対しては決して許さないのだということによって刑事司法に対する信頼が確保される、それから、この種事犯がそういう意味では絶対に許されないということが一層明確になる、こういうことで犯罪のいわば抑止的な効果というのが出てくるのだろうというふうに考えられますので、先ほどの、第二の新しい刑罰をつくるという意味で抑止効果が出るということとはちょっと異なるのではないかというふうに理解をいたしております。
○馳委員
そこは私との見解の違いということで、次の質問に移ります。
有力な学者の中には、憲法31条の適正手続条項に違反するという意見もありますが、31条との関係ではいかがでしょうか。 憲法第31条、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」とありますが、いかがでしょうか。
○千葉国務大臣
これも、憲法39条ということではなくして憲法31条に抵触をするのではないかという考え方、学説、学者さんの中にそういう考え方を唱えておられる方がいらっしゃるということは承知をいたしております。
基本的に、国家の持つ刑罰をめぐる権能のうちで、訴訟法に関する事項に関する改正、これは、改正の時点で既に発生した犯罪についても適用するものとされるのが一般的でございます。判例においても、上告理由の一部を制限した訴訟手続に関する刑訴応急措置法の規定をその制定前の行為に対して適用して審判をするということは憲法39条に違反するものではないというふうにされておりまして、およそ国家の持つ刑罰をめぐる権能を、事後的に改めた上で既に発生した事件に対して適用することが一切禁止されるということではなかろうというふうに思っております。御指摘の見解について、憲法39条で禁止される事後法には当たらないということであっても、一定の事項については国家がみずからに課した制限を事後的に緩めることが公正ではない、そういう意味では31条に違反するのではないか、こういう考え方であろうかというふうに思っております。
ただ、事後的に緩めることが公正ではないと御指摘をされている理論的根拠というのが必ずしも明らかではない。 それから、公訴時効期間を定めることによって国民に対して国家刑罰権行使の期限について約束をした、そういうことではまたなかろうというふうに思っております。
そういう意味で、公訴時効期間が事後的に変更されないことに関する期待が合理的であり法的保護に値するものかどうかということについては、いささか私も疑問を持つところでございまして、そういう意味で、31条に違反するのではないかということは必ずしも当たらないのではないかというふうに私は理解をいたしております。
○馳委員
わかりました。
では、この問題について、先進国の法令や判例はどうなっているんでしょうか。 法務省の資料ではアメリカの事例しか紹介されておりませんが、これでは不十分でありまして、アメリカ以外の先進国の実態についても教えていただきたいと思います。
○加藤副大臣
米国以外ということでございますので、二カ国、例を申し上げたいと思います。
まず、ドイツでございますが、ドイツにおきましては、謀殺罪等につきまして、公訴時効期間算定に関する特別の定めというのを設けること、あるいは、公訴時効期間の延長、廃止ということが行われております。 これらの改正法は、現に時効が進行中の事件についても適用されたということでございます。これについては、判例上、公訴時効期間算定に関する特別の定めをすることによって実質的に時効期間が延長されたという立法につきまして、ちょうど我が国の憲法39条とほぼ同じ内容となってございますドイツ基本法第103条第二項に反しないかどうかということがドイツ連邦憲法裁判所で争われたというふうに承知をいたしております。 ドイツ連邦憲法裁判所におきましては、今申し上げた立法の趣旨というのが指摘の基本法には反しないという判断を示したというふうに聞いております。
もう一カ国、スウェーデンでございますけれども、スウェーデンにおきましては、近時、謀殺罪、故殺罪を含む殺人罪その他の重大犯罪の時効を廃止するという立法を行ったところでございますが、こちらも現に時効が進行中の事件にも適用することといたしているところであります。
○馳委員
確認したいことが一点ございまして、平成16年の改正当時は遡及適用はしないとなっていたと思いますが、いかがでしょうか。 そうであるならば、遡及適用を禁止した理由はなんでしょうか。 そして、この憲法問題で、ここ五、六年で、つまり平成16年の改正以降ですね、憲法学界や刑事法関係の学界でこの問題が大きく取り上げられて、遡及適用賛成の解釈が学界の大きな流れになってきたのでしょうか。 そういう議論を踏まえて、今回遡及適用という判断がなされたのでしょうか。教えてください。
○千葉国務大臣
前回、平成16年改正の際には、遡及適用をするということにはなっておりません。
ただ、この16年改正の際には、この遡及適用について憲法39条に反するかどうか、こういう点については、必ずしもそれを判断して遡及適用しなかったということではなく、そのときの立法政策といいましょうか、まとめる範囲として遡及適用ということにはしなかったということだというふうに思いますので、憲法上の問題点の考え方が変わったということではないというふうに御理解をいただきたいと思っております。それから、その後について、どのような学説等が展開をされてきているかということでございますけれども、今回の公訴時効の改正が議論されるようになる前に、憲法学界や刑法学界においてどの程度取り上げられていて、それがどんなものかというのは必ずしもつまびらかではございませんけれども、今月23日に当委員会に参考人として出席されました東京大学大学院の大澤教授、その参考人質疑の中でこのような御指摘をなさっておられるものと承知をしております。
これまで教科書類では抽象的に比較的簡単に記述がされておりまして、公訴時効の改正規定を進行中の事件に適用することは遡及処罰の禁止に反するというような一、二行の記述が書かれている例はございますけれども、逆に、これは時効が進行中の事件に適用することについては立法政策の判断であるという見解も示されておりまして、この問題が本当に議論されるということになりましたのが、今回、このような法改正をするに当たって御議論いただき、そして法制審の中でも改めて御議論をされるようになったということでございます。これまでなかなか、これを詳細に議論したというものは余りないように思われます。
○馳委員
大臣、済みません。 今、平成16年の改正当時に遡及適用しなかった理由について、ちょっと私の耳が聞き逃したのか、十分に確認できなかったので。
平成16年の改正当時に遡及適用はしなかったんですよ。 そのしなかった理由は何でしょうかというところをもう一度お願いできますか。
○千葉国務大臣
遡及適用しなかったことについては、平成16年については、公訴時効に関する規定を現に時効が進行中の事件に対して適用することが憲法39条に反するかどうかということについて、反するので遡及適用はしないということではなくて、そのときの立法政策といいましょうか、そういう意味でそこまで範囲を広げなかった、こういうことでございます。
○馳委員
とすると、聞かざるを得ないのは、今回遡及適用するわけですから、そこまで範囲を広くする理由は何なんですか。
○千葉国務大臣
やはり、今進行しているものについて、もう時効が間もなく完成をするというような事例について、では、公訴時効を延長するということが全く適用できないということはいかがなものか、やはりそういうことに対して厳しく、これから将来に向けてきちっと処罰をすべし、こういう意見が高まっているということでございます。
そして、それについては憲法39条に違反をするということでは決してございませんので、そういう意味では、公訴時効を延長し、そしてまた廃止するという趣旨を十分に生かすということを考えたときには、遡及適用ということも当然立法政策として必要であろう、こういうことでございます。
○馳委員
今の話を聞いていると、どうしても、平成16年の改正で見送った、今回は改正するという立法事実としては大変根拠が薄いと私は思わざるを得ないんですね。 だから、法制審の刑事法部会で、この点についてどういう突っ込んだ議論がされたのかということを私はあえて聞きたいと思うんですよ。 どういう議論をされたんですか。
どうしても遡及適用しなきゃならぬというふうな立法事実があったり、社会的要請があったのか。私は、この間からの議論を聞いていても、被害者、国民の声というのは確かにあったと思いますが、遡及適用について、そこまでの声があったのかどうかというのは判断できないんですね。 いかがですか。
○加藤副大臣
法制審議会の刑事法部会における憲法39条との関係の御議論でございますけれども、一部を御紹介したいと思います。
まず、公訴時効は被疑者の利益のためにも存在する制度であり、挙証責任の転換などと同様に、被疑者の実質的地位に直接影響を与える実体法に密接な手続規定として、現に時効が進行中の事件へ改正法を適用することは憲法39条の趣旨に反するというたぐいの御意見は確かにございました。一方で、憲法39条は、行為者の予測可能性を担保するため、事後的な立法による遡及処罰や刑の加重を禁止したものと考えられる、それゆえ、公訴時効の定めはこれには当たらない、行為者に対し一定期間逃げ切れば処罰されなくなることを約束するものではないし、仮に行為者がそのような期待を抱いたとしても、それは法的な保護に値するものではない、それゆえ、憲法39条に違反しないという意見もございました。 刑事法部会の中でも両論あったというのは事実でございます。
ただ、最終的には、その法制審刑事法部会の中でも、現に時効が進行中の事件に新たな公訴時効の規定を適用するということについては賛成が多数を占めたということでございますし、私どもとしても、その御意見を尊重させていただきながら、また多くの御議論をいただきながら、最終的にこの法案のような形で御提案をさせていただいているということでございます。
○馳委員
このところが、私が実は納得できないところなんですね。
この法制審刑事法部会の構成メンバーに問題はなかったのかと指摘をします。すぐれて憲法解釈の問題の割には、6名の政府関係者が委員であり、もちろん全員賛成されています。 これは多過ぎると思うんですが、いかがですか。 学者の委員は5名で、賛成3名、反対2名で拮抗しておりました。 10名の賛成者のうち、もう一人の賛成者は被害者代表ですね。
また、単純な多数決で判断してよかったのかどうか。 将来の違憲訴訟の提起が予想される中で、この問題については、今回は結論を留保して、この遡及適用の部分のみ今回の法案提出を見送るべきだったんじゃないのかな。 私は、先ほどからの議論、また辻先生のお話も聞いていて思いましたが、遡及適用する立法事実を判断するだけの強い論拠は感じることができませんでした。
この部分はやはりさらに慎重にすべきではなかったかなと私の意見として申し上げますが、大臣、いかがでしょうか。
○千葉国務大臣
法制審議会の委員でございますけれども、これは法務大臣が任命をすることとなっておりまして、部会に属すべき委員などについては、この中から、法制審議会の承認を得て法制審議会の会長において指名をするということになっております。
このメンバーについては、私も、ふだんから本当に造詣の深い、そして識見高いさまざまな皆さんに入っていただく、そしてまた、いろいろな角度から御議論をいただける、そういう皆さんをということを心がけて、わずかずつですけれども、そういう構成を図るよう努力をさせていただいているところでございます。
今回も、そういう皆さんのもとで御議論をいただいて、そして、確かに全会一致という課題ばかりではございませんけれども、この法制審議会でも議論が十分尽くされた、いろいろな角度からなされたということになりますれば、やはり一定、多数決で審議会としての結論を出されるということも少なからずあるというふうに承知をいたしております。でき得る限り、これは皆さんの納得がいただけるということが大前提であろうというふうに思いますけれども、こういう状況の中で十分な審議を尽くしていただいたということでもあり、その後、政務三役などでも、問題点を改めてきちっと検討、認識をしてこのような形に至っておりますので、決して何か手を抜いていたり、議論が尽くされていない、あるいは今回は見送った方がよかったのではないかということは当たらないのではないかというふうに思います。
○馳委員
ここは、私と大臣また政務三役の見解の違いでありますから、あえて私は申し上げます。
私は、この法案には基本的には賛成します。 しかし、公訴時効が廃止される犯罪について、公訴時効の廃止が時効進行中の事件に遡及適用される、これは憲法違反と考え、反対します。 したがって、この部分については削除すべきだと主張をして、終わります。
ありがとうございました。
※詳しくは衆議院 会議録議事情報 会議の一覧 をご覧ください。
(常任委員会 → 法務委員会 → 4月27日 第10号 )