衆議院 文部科学委員会議録

第165回 国会 第4号

 平成18年11月8日(水曜日)

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○桝屋委員長

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。馳浩君。

 

○馳浩委員

 おはようございます。自民党の馳浩です。
まず文部科学省に伺いますが、いじめの定義をどう位置づけておられますか。

 

○銭谷政府参考人

 いじめの定義についてのお尋ねでございますが、文部科学省におきましては、いじめに関する調査の中で、自分より弱い者に対して一方的に、身体的、心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているものと定義をいたしまして調査をいたしております。

 なお、その際、平成六年に調査方法を見直しまして、個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的、形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場を尊重して調査をするように求めているところでございます。

 

○馳浩委員

 私も現場で教師をしておった立場から改めて申し上げるんですが、いじめと受け取る側、また、教師の目の届かないところで同級生や、部活動でいえば先輩や後輩がこういった事態に直面してどう対処するかということを考えると、教師は、何となく煩わしいことには余り触れたくないな、それから学校内の人事でいえば、校長は、力のある教員には問題行動の多い生徒をできるだけ担任させようとするわけですね。そうではない、ちょっとこの先生には任せられないなというと、担任から外すということでうまく人事の妙をつけるのでありますが、そもそも、このいじめの定義ということを位置づけたことから、これに当てはまらなければいじめではないのだから見て見ぬふりをしようというふうな心理が働く傾向があります。

 そういう観点からいえば、改めて、このいじめの定義ということについて、教師の立場から、また子供の立場に立って、またいじめの現場における周囲の子供たちにとって、いろいろな観点からの見直しをすべきではないのかな、そういう時期ではないのかなと思われますが、どういうふうな見解をお持ちでしょうか。

 

○伊吹国務大臣

 これは先生、いじめの定義というのは非常に難しいですね。現場で生徒を預かっておられたお立場でも、これがいじめだというのは受ける人によってみんな違うと思います。それで、やはり行政をやっていく上では、ある程度の基準というか定義みたいなものをつくらねばなりません。確かに、先生が御指摘になったような欠点があるわけです。ですから、今文部科学省においても、池坊副大臣をトップにして、もう一度、いじめというものはどういう定義であるべきか、今先生がおっしゃったことの検討を始めておりますが、新しい定義をつくっても、やはり今おっしゃったような同じ問題が起こるんです。

 これは、受けとめる側の、いじめられている方の心のあり方というか、受けとめている方の心理の状況にもよりますね。ですから、定義いかんにかかわらず、子供が苦しんでいる、つらい思いをしているということを先生が見抜いて、先生だけじゃなくて特に親ですね、親に話せずに学校を一方的に責めても、これはなかなか難しい問題もあると私は思います。ですから、今の御注意も踏まえて新しい定義を検討しておりますが、それだけではやはりすべての問題は解決しないだろうという気がいたしております。

 

○馳浩委員

 きのう未明に異例の記者会見で、自殺予告の伊吹大臣へのお手紙を公表していただきました。早速遺漏なきような手当てはしていただいておると思いますが、その後、報道ではけさも、豊島区ではないかというふうな報道のされ方もしておりました。その後どういうふうに対応しておられるか、伺いたいと思います。

 

○伊吹国務大臣

 私に私あての手紙が届いたのがお昼だったと思います。教育特に張りつけになっておりましたので、終わった時点でその手紙を拝見いたしました。

 率直なところ、使っている漢字とか、あるいは教育行政をかなりよく御存じというのか、知っておられるような内容ですので、私はいろいろな可能性があるなとは思ったんですが、教育委員会や学校にいじめや何かの訴えが来たときに、これは隠してはならない、先ほど先生がおっしゃったように、自分の身を繕うために教師や学校がそれを隠す、教育委員会が隠すということがあってはならないという指導をしておりますので、我々はやはり率先して、命にかかわることだから公表しようと。

 ところが、名前も住所も何も書いていないわけです。手がかりになるいじめた生徒の名前も、何も書いていないわけです。ただ一つ手がかりは、消印のところに豊という字は読めたわけです。その後が読めないんです。ですから、いろいろな専門家に尋ねまして、島という字じゃないかという鑑定結果がありましたので、一応、豊という字のつくところを所管している集配局があるところの教育委員会にすべて、お願いをして調べております。当初、小中を中心に調べておりましたのですが、文意その他から見て高校生である可能性もありますので、これも調査をいたしております。

 調査をした具体的な内容は、先生に訴えたのに何もしてくれない、保護者が校長先生と教育委員会に言ったのに何もしてくれない、だから、きょうですね、水曜日までに変化がなければ、土曜日に学校で自殺する、こういうことが簡単に書いてあった。そこで、各教育委員会も使命感を持って、今回は、各教師にそういう訴えがあったか、教育委員会にそういうものが来ているか、校長先生がそういうことを受けているか、これはみんな当たってくれましたが、相談を受けたりした事例はかなりあるようですが、それを手繰っていきますと、今回この手紙をよこしたようなことには行き当たらないというのが今のところでございます。

 

○馳浩委員

 きょうも集中審議をしていただいたことは非常にタイムリーであったと思います。社会問題となっております。きのうの産経新聞の朝刊にはヤンキースの松井選手からメッセージが出されておりましたし、伊吹大臣からも、いじめで自殺をと考えている子供たちに対して、そういうことはするべきではない、迷惑をかける親、友達、そういったことも考えて思いとどまり、しっかり生き抜こうというメッセージを出していただきました。このいじめ問題への対処策というのは、やはり不断の努力が必要であると我々は思っております。文部科学省として、できる限りのことをやっていただきたいと思っております。

 出席停止措置といったものは、いじめられている方も、いじめている側に対しても対応しながら、出席停止措置の間に、事情を酌んでクラスを平穏にするということもあれば、伊吹大臣おっしゃったように、保護者の方が日ごろから気をつけていただくということもあれば、また、ホームルームなどを通じて、クラスにおいてそういった兆候がないか、改めて話し合ってもらうとか、また、先般、社民党の保坂議員からの提案もありましたが、チャイルドラインといったようなNPO団体の活動を通じて子供たちの声なき声をすくい上げる、そういった仕組みもとるなど、総合的な対処策が必要というふうに考えております。

 私は、これといった処方せんというのは難しいと思います。それぞれの立場で社会全体が、いじめている人、いじめられている人の気持ちを酌んで、そういうことはいけないよ、また、みんなで支え合おうよ、やはりこういう取り組みを続けていく必要があると考えております。

 改めて大臣の見解を伺いたいと思います。

 

○伊吹国務大臣

 私が出しましたメッセージは、記者会見で手紙を出した方に何か訴えることがありますかと言われまして、実は何の準備もしていなくて、とっさに申し上げたことでございますので、もう少しあれを加えておいた方がよかったかなとか思うことが後でございますが、先生がおっしゃったように、これは学校の問題であると同時に社会の大きな、豊穣の中の精神の貧困というんですか、豊かな中に、近代社会ではどうしても出てくる全社会的な問題の一端が学校にあらわれているというとらえ方をやはり私はすべきだと思うんですね。

 ですから、今、先生の御指摘のとおり、文部科学省として受けとめねばならない、また責任を持つ分野においては全力を挙げて国民の負託にこたえたいと思いますが、社会現象の一端であるだけに、すべての人がやはりそのことを考えて、いじめというのは実は学校だけじゃないんですよね。会社でもありますし、自民党の中にだってあるんじゃないんですか。だから、やはりみんなで助け合っていかないといけないということだと思います。

 

○馳委員

 先般、福岡の筑前町に大臣の命を受けて小渕政務官が調査といいますか、聞き取りに行かれましたが、そのときに現場で、亡くなったお子さんのお父さん、お母さん、また教育委員会、町と県、それぞれ事情を聞いてこられての感想をお伺いしたいと思います。

 

○小渕大臣政務官

 お答えいたします。

 私が調査に参りましたのは福岡県の筑前町というところでありますけれども、こうしたことは、決してこの地域だから起こったということではなく、やはりどの地域においても、どの学校においても、またどの子においても起こり得ることであるということを考えていかなければならないと感じております。

 その中で、何よりも、子供がサインを出しているということを事前に把握をしなければいけない。いじめの早期発見、早期対応が何よりも大事ではないかというふうに感じた次第であります。そのためには、やはり学校と地域、そして親御さん、家庭とがしっかり連携をして、こうした問題が起こったということを決して隠すことなく、しっかり表に出して、子供たちのサインにこたえていけるようにしていかなければならないというふうに思っております。

 また、学校で子供たちと一番近くで接する先生というものも大変重要であるというふうに思います。学校での生活の中で、子供のそうしたサインを一番見ることができるのがやはり学校の先生であると思いますし、そうした学校の先生が責任を果たすとともに、また教育委員会ともしっかり連携をとって、この問題は小さなことではなく、しっかりみんなが同じような責任を持ってとらえていくのだということでやっていかなければならないと思います。

 その中で、文部科学省といたしましても、そうした指導を徹底していけるようにやっていかなければならないと思いますし、現場としては、私が一番思った印象は、何と現場が混乱をしていることかというふうに思いました。ほかの生徒さんもいらっしゃることですし、まずは日常の生活を取り戻すということに大変必死であるというふうに感じました。そんな中で、子供たちが相談ができるように、また心のケアができるように、心理カウンセラーなども含めてしっかり対応していかなければならないと感じております。

 

○馳浩委員

 私、二つ申し上げたいと思うんですね。私も教員をしておって薄々わかるんです。あの先生にこの子供を任せたらこの学級はむちゃくちゃになるなということを校長もわかっていて、やはり寝食を忘れて取り組むような先生に問題児を結構預けるんですよ。そして、そういう預けられた先生方は本当に一生懸命やっておられるんですね。

 そういうことを考えると、やはり教職員の皆さんが研修において、いわゆるロールプレーとよく言うんですけれども、ケーススタディー、こういう事態にどういう対処をしたらいいか。そのときに、クラスの仲間、部活動の仲間、保護者の皆さんに具体的にどういう声かけをしたり、どういう支え方をしてもらうか、そのコミュニケーションのとり方、私はこれも一つの研修のあり方として今後考えていただきたい。また、教職員を評価するときに、数字ばかりで評価するのではなく、こういう事例にこういう対処をした、そういう報告を上げさせて、常にコミュニケーションをとりながら頑張っている先生をしっかり評価するということを、文部科学省にもより一層考えていただきたいと思います。

 次に、単位不足、未履修問題について伺います。

 旭川の学力テストの最高裁判例から、学習指導要領に法的拘束力があると言われておりますが、にもかかわらず、こういう問題が起きてしまった。そもそも、学習指導要領における法的拘束力とは何なのか。そして、一皮むけば、では、それを守らなくても罰則はないのか。やった者勝ちではないか、やはりこういう感覚を私は持ちました。いかがでしょうか。

 

○伊吹国務大臣

 これは先生、二つの面があると思います。

 学校教育法に基づく政令、それに基づく大臣の告示によって学習指導要領というのは決めておるのは御承知のとおりです。学校教育法という法律の性格からいって、この法律に罰則を置くというのは、やはり立法政策上非常に難しいと思います。であるとすれば、この法に基づく告示、つまり、法の一部をなすものを的確に実行しなかった場合のペナルティーというか、いわゆる罰則に当たるものは何をもって行うかといえば、これは人事権であり、あるいは管理権をもって行うというのが通常でございます。

 したがって、私の気持ちとしては、非常に残念な気持ちで今おります。というのは、人事権と管理権がございません、今の法体系のもとでは。したがって、人事権を持っております教育委員会等にいずれこのことはお話をしなければいけないと思いますが、今は、三月までの受験を控えて、現場はこのことの収拾に大混乱というか、てんてこ舞いをしておるというのが実態です。ですから、先生のお気持ちと私は気持ちを共有しておりますが、まず、困っている子供たちを次のステージへ無事送り出すということだけはしっかりした後で、そのことは考えさせていただきたいと思います。

 

○馳浩委員

 次に、学習指導要領って何なのと。

 高校教育の現場では進路指導の先生の力が結構強いんですよ、教務の先生よりも。つまり、この学校の方針として何人、どのレベルの大学に進学をさせたかということに意識が行きがちで、生徒指導とか、日々の教務のこまを動かすこととか、そういう地道なことをする先生方の評価というのは意外と低いんです。まずここを押さえておいていただきたいと思います。

 その上で、この年代にこういうことを勉強してほしい、そして、高等学校は単位制ですから、この単位を取ってほしい。必修と選択必修という枠の中で選んでもらうわけですけれども、現実は大学受験のための受験予備校化をしているということが、今回の未履修問題の全国実態調査でうっすらと浮かび上がってまいりました。なぜか。地方が多い、公立よりも私学が多いということを考えると、一年生、二年生のときに学ばなければいけないような保健とか音楽とか情報とか、こういった科目を何となくすっ飛ばしておいて、裏番組をつくって受験のための主要教科をやっていた。

 私、ここも実は現場にいた教員としてわかるところがあるんです。中学校から上がってくる生徒の基礎的学力が、残念ながら期待している部分よりも落ちております。これを補ってやろうという親心も高校の先生方にはあるということも、私はあえて言いたいと思います。

 そこで、今現在ある学習指導要領で求めているレベルの学んでほしいことと、高校の先生方が、また保護者が求めている大学受験へ向けての予備校化した中での学力のギャップをどう埋めていくのか。ここに手をつけなければ、残念ながら、文部科学省としても肝心な議論が抜け落ちてしまうことになると思います。この辺を今後どう考えていかれますか。

 

○伊吹国務大臣

 今回の残念な未修事件の裏には、まさに、先生がおっしゃったことはそのとおりだと思います。

 巷間、大学入試に合わせて学習指導要領を見直して、そして不必要なものを落としていけという意見がありますが、私は、これはとりません。これはおかしいんじゃないかと思います。例えが適当かどうかわかりませんが、耐震偽装の強度を守っていないところがどんどん出てくるから建築基準法を変えろというのは、やはり本末転倒の議論だと思います。学習指導要領は、高等学校で実社会に出る人もおります。そして、大学に行った場合に、確かに中学校からの基礎学力が不十分だという御指摘も踏まえなければなりませんが、やはり必要最低限の学力と教養のレベルというものを学習指導要領で示しているわけですから。

 大学の入試は、大学で教育をするために必要な科目を押さえるという面が非常に強いです。しかし、大学生になる一番大きな条件は、高等学校を卒業しているということなんですね。卒業予定だということで試験を受けておられるわけです。そして、大学入試に見事に合格すれば、校長の認定した卒業証書を条件として入学するわけですから、これが守られないんじゃどうしようもありません。

 ですから、私は、学習指導要領というのは、もう少し広い立場で、もう少しここを、こういうものが高等学校卒業生としては必要じゃないかというものは必修に入れてくる。そして、まあここは高等学校でやらなくてもいいものは外していくということはぜひやらねばならない、学習指導要領の見直しとして。

 そして、それを前提に、例えばセンター試験では、必修科目をやはりすべてきちっと、一定以上の点数があるかどうかということを確認するために使うべきだ。もちろん、今、私学でセンター試験を利用しておられない学校もございます。けさも担当者と話しておったんですが、世界史は必修になっていますね。日本史と人文地理がどちらかの選択になっておりますね、高校では。ところが、世界史と日本史の試験が同時期にある、同時間にあるということであれば、日本史はとらなくなりますよ、これは。そういうセンター試験のあり方もやはり変えなくちゃいかぬ。

 だから、少なくともどこかで、先生がおっしゃったように、予備校じゃないんですから、高等学校を出た、ある程度の習熟度をチェックする。それを校長の認定の卒業証書だけに任せておくというのは、私はちょっと考えなくちゃいかぬなと。今、私は、先生のおっしゃったのと全く同じ問題意識で、高等学校までを所管している初中局と高等教育局に、今の私の言ったことを踏まえて、少し結論を出しなさいということを指示したところでございます。

 

○馳浩委員

 最後に、ちょっと組織の話を提案ないしは意見を求めたいと思います。

 高等学校までは公教育というふうに私たちは判断しておりますけれども、私学は知事部局が担当し、現実的には私学助成の金の割り振りで手いっぱいなんですよ。今回の問題が出てきたときに、教育内容についてどうなんですかと。

 実は私の母校が石川県の星稜高校なんです。未履修の問題もありましたが、どうだと、そういう教育課程の編成権は校長にありますが、報告をしたときに、それに対しての指摘とか、今回のことでも相談に応じてくれましたか、日ごろからどうなんですかと聞いたときに、石川県の私学を担当する総務部には教育のより深い専門家はおりませんし、日常的に人事交流はなされていません。これは各都道府県も皆さんお調べいただければわかると思いますが、私学の担当で教育について、高等学校もある意味ではいわゆる公教育ですよ、教育について非常に詳しい、教育課程の問題、内容の問題、いじめの問題等、連携がとれておりません。

 私学は経営という問題もありますが、経営の問題、私学助成の問題はさておき、今後、教育内容の問題、特に大事なのは、情報がほしい、でも情報はなかなか回ってこない、日ごろから相談に乗るようなカウンターパートもいないというのが、全国の私学関係者の一つの本音なんですよ。とすると、都道府県の教育委員会において私学を所管するという組織のことも考えていただきたいというのが、私の考えの一つ。

 もう一つは、これは小中学校の校長、教頭、教職員と私が日曜日に話してきましたときに、疑問が一つ出たんです。教育委員会の中に児童生徒課があって、教職員課があって、それぞれ課長がいるんですよ。そのそれぞれの課長のもとに指導主事などいるんですが、児童生徒課のことを調べに来る、教職員課は教職員課の所管する事項を現場に調べに来る。

 ところが、現場の先生からすれば、児童生徒にかかわることは教職員にもかかわることなんですよ。だったらば、学校教育課というふうな一括した中で来てもらわないと、情報が、児童生徒課から上がっていく情報と教職員課から上がっていく情報と、教育委員会の中で縦割りになっていて、おいおい、同じことを二回も言わせるのか、やらせるのかよという不満が実は現場の先生方にあるんですよ。

 こういった組織について改めて見直していただきたいということを申し上げて、私の質問を終わりますが、いかがでしょうか。

 

○伊吹国務大臣

 先生は文教行政に大変御造詣も深いんですが、今回の未履修の問題を体験してみて、私が考えていることと同じことを先生が今おっしゃっていただいたと思います。

 私学は、まことにこれは問題があると思いますね、今の行政のあり方は。ただ、戦後のいろいろなやりとり、反省の中で、教育委員会に所管をさせるか、それとも独立をさせるかというのはやはり当時大きな議論があったようです。そして、今回の教育基本法にも、私学という一項を政府案でもつくっておりますし、民主党案でも建学の精神の尊重というのを書いておられるわけですよ。

 今先生がおっしゃったように、情報が欲しい、もっとしっかりとやってほしいから教育委員会の所管にしてほしいという声を私学の皆さんからどんどん出していただければ、私はその方向も一つの考えだと思います。

 しかし同時に、私学というのは、できるだけ教育委員会行政の制約を外れて自由度を大きく持って、私学の本来の建学の精神を実現していきたいという思いの方もおられるわけです。

 ただ、今回は、学校教育法というすべての学校をカバーする実質的な法律違反を犯されたわけですから、これも人事権がありませんので、学校の設置者がやはりこのことは十分反省をしていただかねばいけないことだと思います。

 後の方の問題は、国がどの程度教育委員会に関与できるかという、今非常に大きくクローズアップされてきた問題の一環でございますので、これは各党で少し深く掘り下げた議論をぜひしていただきたいと思います。

 

○馳浩委員

終わります。  
詳しくは衆議院 文部科学委員会議録をご覧ください
(常任委員会 → 文部科学委員会)

 

 


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