馳浩の快刀乱筆

 ねぎらいがないのは・・・ 

 あれ、妻は?

平成12年3月19日富山新聞掲載


 

 5日目で2勝3敗。横綱審議委員会から休場勧告を受け、温情をかけられながらも土俵の上ではっきり黒白がついた。横綱ならば勝たねばならない、強くあらねばならないというプレッシャーの中で、初日からの若乃花の土俵は本人のもどかしさばかりが浮きぼりになっていた。それは現役最後の取り組みとなった栃東戦に集約されている。

 がつん、と頭でぶつかった立ち合いまではスピード抜群でオッ!と思わせた。しかし、鋭い出足で圧力をかけてくる栃東に対し、若乃花はかわしたりいなしたりすかしたりの抵抗が精一杯。もともと運動神経だけで相撲を取っている、と自他ともに認める技巧派。大型力士の厳しい攻めを土俵際で持ちこたえ、するりするりと身をかわし、最後には形勢逆転していた全盛期から比べると、一方的な小手先相撲としか映らなかった。

 少しでも相撲をかじった人なら誰でもわかるだろうが、前に出る圧力や、相手の出足を受け止められるだけの筋力があるからこそ、技巧派は本領発揮できる。若乃花もからだが小さいとは言え、背筋からおしり、そしてふともも裏側、ふくらはぎとつながる筋肉の発達ぶりは、幕内でも突出していた。しっかりした体力の裏付けあってこその強さであったのに、引退を決意することになる一番では、小兵の栃東相手にもかかわらず、腰高のまま木の葉のように土俵を舞って、そして敗れた。『体力を補う気力がなくなった』との引退会見での一言は、同じプロの格闘技者として、私も身につまされる思いで聞いた。

 で、続く引退会見のコメントに、アレ?と思ったのは私だけか?

 『心の支えは?』という質問に『父と母と弟が一番の支えでした』。『今一番したいことは?』との質問には『息子と娘とゆっくりやりたい』・・・

 事ここに至って妻へのねぎらいのことばが聞かれないということは・・・!? ま、何はともあれ、お兄ちゃん、ごくろうさま!!

 

横綱や 咲けば散り行く 桜花
 

エッセイスト・小矢部市出身

 
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