「神社新報」 平成18年7月31日 月4回毎週月曜日発行

『かく語りき』


 なぜ、いま教基法改正か
―与党最終報告について―

 4月下旬、伊勢市の神宮道場でおこなはれた中堅神職研修で、文部科学副大臣の馳浩氏が講義をおこなった。馳氏は学校教育の現状を通して、政府が国会に提出した教育基本法改正案の叩き台となった与党最終報告の焦点について解説した。改正案は6月18日の通常国会閉幕で継続審議となったが、政府は秋に召集される臨時国会での早期成立を目指す構へだ。

 当たり前の教基法が必要

 早いもので、国会に籍を置いて12年目に入りました。これまでいろいろな立法に携はり、どういふ風にして法律はできていくのか、予算に反映されるのかを間近で見てまゐりました。今日は国会で焦点になってゐる教育基本法の改正についてお話ししたいと思ひます。

 なぜ、いま教育基本法を改正しなければならないのでせうか。教育現場の荒廃や犯罪の低年齢化もあります。加へて自民党の立党の精神も自主憲法の制定と教基法の改正です。現行の教基法はGHQによる占領下、昭和22年にできました。英文をそのまま日本語に翻訳した文章や日本語になじまない文法、表現もあります。まづもって、日本人が自らの手で作り上げるべき法律でせう。

 また、戦後、教育内容に国の関与を認めず条件整備だけを求め、教育現場を思ふがままに牛耳ってきたのが日教組です。その根拠としたのが現行の教基法。政治の現場にゐて一番感じるのは日教組の介入です。これはすさまじいものがあります。

 国旗国歌法成立の経緯にしてもさうでした。「なぜ入学式・卒業式で国旗を掲揚し、国歌を歌はなければならないのか。憲法で保障された内心の自由″に踏み込むな」と広島県の教職員組合に迫られたある高校の校長が自殺する事件がありました。これを機に国旗国歌法が制定されることになりますが、式典では起立して国旗に敬意を払ふ、脱帽して国歌を歌ふ。これはごく自然なことであって、そんなことにまで内心の自由″云々といふのは、それこそイデオロギーの押し付けではないでせうか。国を象徴する日の丸、君が代に対する理解、見識を深め、他国の国旗国歌に対しても理解を示し、尊重しようといふ心を育てるのは国民教育として根本的なものです。しかし、現行の教基法には我が国の伝統文化、公共の精神が書き込まれてゐません。だからこそ、さういふ当たり前のことを教へられる数基法が必要になってきてゐるのです。

 

 宗教的情操の涵養″とは

 そして自民・公明両党でつくる「教育基本法改正に関する検討会」が3年間に亙って70回、200時間を超える協議をおこなひ、新しい教基法の与党最終報告がほぼできあがりました。それぞれの文言について激しい議論もありましたが、報告を作成した担当者の一人として主要な部分についてお話しさせていただきます。

 まづ前文にある「我々日本国民は」ですが、現行の教基法はGHQ主導で作成されたものです。その反省から我々日本人が主体的に定めたのだといふことを明記します。そして「たゆまぬ努力によって」といふ文言で、日本とは神代の時代から連綿と先人が努力して築いてきたことを明確に謳はなければならない。さういふ自覚のもとに「さらに発展させる」ことが大切です。また、「公共の精神を尊び」で国家の一員、組織の一構成員としての自覚も促します。現行の教基法には「個人の尊厳を重んじ」だけしか書かれてゐませんから。

 さらに現行法にある「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化」と、いかにも翻訳したやうなよく分からない表現ではなく「伝統を継承し、新しい文化」とします。ただ、「日本国憲法の精神にのっとり」を残したことについてですが、ここはいまだに議論されてゐる部分です。現行の教基法と同じく、GHQが制定したお仕着せの憲法に則ってたんぢゃ根本的な教基法の改正にならないといふ意見も確かにあります。しかし政府として国会に出す以上、現行の日本国憲法を否定することはできません。だからこそ次の「未来を切り拓く」といふ文言によって、新しい憲法が制定されたとしても、この新しい教基法の精神をそれに持ち越す、持ち入れるといふ思ひがこめられてゐます。

 また、激しい議論のあった宗教的情操″について、検討会は宗教的情操の涵養が必要との認識では一致・合意しましたが、教基法に文言で記すとなると、やはり特定の宗教団体の教義などに踏み込まざるを得ません。そこで「豊かな人間性と創造性」といふ文言に宗教的情操の涵養″を一般的な意味合ひとして含めることにしました。この表現を「公明党に配慮した文言だ」といふマスコミもありますし、「基本法の精神に鑑みればふさはしい表現だ」といふ法学者もゐます。ここは今後も国会で議論されるところになるでせう。

 現行法の教育の方針″(第二条)にはごく僅かの文言しか記されてゐませんでしたが、最終報告は、より具体的に打ち出しました。一項の「豊かな情操と道徳心」にも宗教的情操の涵養″の意味を含んでをります。この点については今後も与野党から「『豊かな情操と道徳心』とは具体的に何か」と質問されるでせうが、我々も国会答弁で明確にします。日本人としての生活習慣の中で身につけてきた豊かな情操、道徳的な心――さういふ答弁をしたいと考へてゐます。

 

 改正は今しかできない

 そして最も議論の対象となったのが五項でした。論点は三つあります。「ともに」と「尊重」と「態度」です。まづ「ともに」ですが、我が国と郷土を愛する″ことと他国を尊重する″ことは違ふんぢゃないか、並列ぢゃないんぢゃないか、といふ意見。もちろん我が国と郷土を愛する″が上位だといはれる。二つめは「尊重」で、例へば北朝鮮も尊重しなければならないのかといふ人がゐます。そして三つめの「態度」に関して、「養ふのは態度ぢゃなくて心ぢゃないか」といふ意見です。なぜ態度にしたのか。それは「愛する」といふ言葉には「心」の意味がもう含まれてゐるんだといふ答へになります。しかも前の三項とも最後の部分が「態度を養うこと」で終はってゐるといふこともあり、文言を統一しました。

 現在、参議院で自民党は単独過半数ではありません。ただ、翻って言へば、今しか教基法を改正するチャンスはありません。来夏におこなはれる参院選がどうなるか分からないのですから。もう小泉首相もゐませんし、来夏に改選となるのは5年前の小泉ブームで当選した議員であり、小泉ブームが獲った票だからです。さらに2年前の参院選で自民党は負けてゐます。現在は公明党と合はせて辛うじて半数を少し超える議席を維持してゐますが、もし参院で与野党が逆転するやうなことがあれば、このやうな文言での教基法改正は絶対にできなくなります。日教組の影響がより色濃く反映された法案で国会に上程される可能性はありますが、現在の与党主導で作成された案で出てくることはありえないでせう。「ともに」と並立にすることとし、愛国心″を明記することで決着したのです。「他国を尊重し」に、北朝鮮も含まれるのかといふ意見もありますが、国に統治機構である政府は含まれません。

 「宗教に関する一般的な教養」(与党最終報告・第十五条)といふ文言ぢゃなく宗教的情操の涵養″を入れろといふ意見があるのは周知の通りです。「政教分離」の問題に絡めて言へば、國神社だけぢゃなく、首相をはじめ関係閣僚が年頭、伊勢神官に参拝するのはなぜ問題にならないのでせうか。他国も文句を言ひませんよぬ。でも、首相が國神社に足を向けなくなった瞬間、中国も韓国も伊勢神宮を問題として持ち出してくる可能性があります。なぜか。それが「外交」といふものだからです。だから「宗教に関する一般的な教養」といふ表現にしました。宗教的情操の涵養″といはれたときに、それは「宗教的」だから特定の宗教団体の教義に踏み込まざるを得ないことになりますので、あへて抑へました。

 そして日教組の活動の根拠となってゐる「不当な支配に服することなく」(与党最終報告・第十六条)を残したことについてですが、ここには日教組など教育行政に反対する現場の団体の支配に服することなく、といふ意味が含まれてゐます。教育行政については四項まで設け、教育行政の役割、国の役割、地方公共団体の役割、財政上の措置のあり方を明確に規定しました。現行法のやうに曲解され得る余地を残さず、分かりやすくするための表現であるといへます。以上、簡単になりましたが教育基本法の与党最終報告についてお話しさせていただきました。

 みなさんがそれぞれの神社に戻った時、社頭講話などで今日の話を少しでも御活用いただければと思ひます。今日はありがたうございました。

教育基本法の比較(抜粋)
改正案
現行法
 (前文)

 我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。

 我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。

 ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。

 (前文)

 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。

 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。

 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

 第2条(教育の目標)

 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

 一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

 二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。

 三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。

 四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。

 五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

 第2条(教育の方針)

 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

 第16条(教育行政)

 教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
(2〜4項省略)

 第10条(教育行政)

 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。(2項省略)


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