第9回 「気づきと命令」


 修学旅行だからこそできる教育の役割とは

 春の陽気とともに、友人を誘って夜の片町(金沢市の繁華街)に繰り出した。

 ひとりは星稜高校サッカー部の河崎監督。もうひとりは遊学館高校野球部の山本監督。

 私を含めてこの3人は、20年前には同じ職員室のなかで生徒を指導していた教員仲間。折にふれて都合をつけては一献かたむけ合い、近況報告し合いながらお互いを激励し合ってきた大切な仲間だ。

 この集まった日は3月中旬。

 ちょうど期末テストや卒業式も終了し、学校としてはエアポケットに入ったかのようなベタ凪状態の時期。世の先生方も、新年度に向けてエネルギー充電とギアチェンジの時期でもある。

 私も、20年前のこの時期のことを思い起こしながら、ひとりごちた。

 「そういえば、3月中旬と言えば修学旅行に引率したことを覚えてますよ。毎晩生徒の部屋の見回りで、寝不足だったなぁ。懐かしいよなぁ……」

 そう遠くを見やっていると、今では指導力を買われて星稜高校のライバル校にスカウトされた山本監督が、
 「そうか。そうだったよなぁ。今では修学旅行の引率も様変わりしたよ。生徒をおさえつけるだけではうまくいかないもんだよ……」
 とため息をついた。

 そのため息に合わせるように、川崎監督も、
 「山本さんのおっしゃる通りや。むしろ、命令して力でおさえつけるだけでは教育じゃないもんなぁ。先生にも根気が求められるようになったよ……」
 と深く考え込むように下を向いた。

 ン!?

 ふたりとも20〜30年近いキャリアを持つベテラン教員。ましてや、甲子園でも名をとどろかせた、指導力とリーダーシップに関して高校野球界では比類なき山本監督と、全国大会でも上位入賞を果たし、Jリーガーを何人も育てた河崎監督の、名伯楽ふたりがため息をついてうつむいてしまうのであるから、高校教育の現場も相当制度疲労を起こしているということなのか!?

 山本監督が続ける。
 「600名近い高校生を、一気に引率して1週間も校外に出るというのは、大変なことなんだよ。そこで、上からアミをかけて十把ひとからげにして怒鳴りまくって従順に言うことを聞かせようっていうのは、実は簡単な手法であり、先生として楽なやり方だったんだよな。命令して、その命令に反抗したり、言うことを聞かなかったり、ルール違反を犯したヤツを罰することで任務を果たしたと思い込んでいた若かりしころが恥ずかしいよ」

 「え? それってどういうことですか?」
 「だって、その場限りで、何事も起こらないように管理するだけなら、そんなの教育じゃないじゃん。大人数を連れ歩いて、何事も起きないように名所旧跡を見せてそれで終わりならば、旅行会杜のツアーといっしょだし、ツアコンに任せておけばすむ程度のことだよ」

 「まあ、そりゃそうですよね。でも、だったらどうすれば良いんですかね」
 「そこなんだよ。修学旅行だからこそできる教育の役割ってあるんじゃないか、と考えはじめたら、生徒を上からおさえつけるだけじゃ意味ないんだよね」

 「そうそう!!」
 と口をはさむ河崎先生。酎ハイのピッチとともに修学旅行引率論も白熱してきた。河崎先生が続ける。
 「俺もねぇ、昔は同じ職員室のなかにいて山本さんの叱り方を見て参考にさせてもらったけど、独特の叱り方するよねぇ。ああいう生徒指導のあり方があるもんだ、ああいう接し方があるもんだと、ずいぶん勉強になりましたよ」
 としきりに「ああいう叱り方」について説明をする。でも、その場を見たことのない私には、ああいう叱り方ってどんな叱り方か、よくわからない。

 

 失敗した時こそが教育の最大のチャンス

 そこで山本監督が語り始める。自分を納得させるように。
 「自己責任を悟らせることだよ。気がつくようにもっていくことだよ。そりゃ確かに時間もかかるし言葉も選ばなきゃならないしストレスもたまるけど、本人がその気になるように気がつかなきゃ、どんな教育も、うわべだけの作業で終わってしまうじゃないか。教育って、やっぱり子どもたちが成長しようとする時期に、そばにいてサポートしてあげることだよな。ならば、本人が心の底から納得して、気がついて行動に移してくれるようにならなければ、意味がないはずなんだよ」

 「で、具体的にどうするんですか?」
 「そりゃ、まず話を聞いてもらえるような雰囲気を作り出すことだよ。だって、子どもから軽蔑されたり尊敬されない先生なんて、先生としての存在価値ないじゃん」

 「尊敬される先生になるためにはどうするんですか?」
 「体験主義じゃダメだってことだよ。まずは圧倒的な理論、指導力がなきゃだめでしょ。そのためにも、生徒の疑問には全て丁寧に、的確に答えられるだけの力量が必要じゃないか。生徒を説得できないような力量じゃ、先生やっている能力はないよ」

 ふむふむ、とうなずく。
 「もうひとつは!!」
 「もうひとつは?」
 「失敗から気づかせ、学ばせることだよ。修学旅行に出ると、そりゃ、嬉しくていろんな非日常的なことをしたくなるもんだよ。だって、好奇心旺盛な年頃じゃないか」

 「確かに。タバコ吸ったり酒飲んだり、エロ本読んだり援助交際したり、世のなかで起こっている『悪い』と思われることを試してみたくてドキドキしているころですよね」
 「そう。そこで、だよ」
 「そこで?」

 「一度の失敗から学ばせる、ってことだな。人間、失敗した時こそが教育の最大のチャンスだよ。先生が、ルール違反をこれ見よがしに見とがめて、ギャーギャー騒ぎ立てるのは、せっかくの教育の機会をみすみす逃がしてしまうようなもので、逆効果。

 失敗に至るプロセスを自覚させ、いかにその行動がモラルに反しているか、集団生活のなかで他者に配慮を欠いたものか、そしてしてはならないことかの気づきを与えることさ。そして、本人が納得すれば、以後、その生徒が全体の抑止力になっていくものだよ。

 一人ひとりの心のゆれに先生が気づいて、伸びようとする芽を伸ばしてやろうとの気持ちで接すれば、まちがいなく子どもたちは想定以上の成長をするものだよ。そのためにも、先生自身がふだんから指導力を磨き続けておくことだな」

 うなずきながら、河崎監督がしめた。
 「これがまた、わかっていながらできるようでできないことなんだ。ともかく、命令よりも気づきを持たせ、実行に移させること。これができなきゃ、教師じゃないよ」

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 こんな自覚と覚悟で児童・生徒と向かい合ってくださる先生ばかりだと、良いのだが。


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