第7回 「男30代の悩み探し」


 天命だと3秒で決めた30代の国会議員選出馬

 「馳さん、話を聞かせて下さい」
 とホームページにメールが入った。

 政治家として話が聞きたいのかと思いきや、そうではなかった。

 会社の社員研修の1つなのだそうだ。

 テーマは、「私が30代の頃」。そう。30代の社員に自覚を促すためのメニュー。自分の選んだ有名人の30代の頃の話を聞いてきて、それを報告書にまとめ、自分の意見をつけて提出しなければならないのだそうだ。

 いつもならメールでの問い合わせには、内容を確認してから簡単に返信をすることで済ませている。数多ある要望には残念ながら時間の都合上、すべては答え切れない。しかし、このAさんのメールには私自身、心に突き刺さるモノがあったので、さっそく日程調整をしてお会いすることにした。

 もしかしたら、Aさんに私との対話のなかで何かを感じていただけるかもしれないし、逆に私自身がAさんから何かを学べるかもしれないと思ったのである。それほど日本に生きる30代の悩みは深い、と感じられるのだ。

 Aさんが私の事務所に来られた時、ちょうど私は文部科学大臣政務官を拝命した日。事務引き継ぎやお祝いの来客でごった返すなか、Aさんは緊張しながらも素直に切々と30代のあり方について質問をぶつけてきた。

 「どうして政治家になろうと思ったのですか?」
 「北朝鮮との国交正常化実現と、教育改革の政策実現の目的を果たすためです」

 「その時馳さんは34歳でした。プロレスラーとして脂の乗り切った時期に、どうしてそんな決断をする背景やきっかけがあったのですか?」
 「プロレスラーとしてピョンヤンを訪問しました。北朝鮮の光と陰を目の当たりにしました。その時は民間交流でしたが、国交正常化は政治家の仕事と感じました。ピョンヤンから帰国して2週間後、当時自民党幹事長の森喜朗さんから出馬の打診を受けたのです。天命かな、と直観し、3秒で、私で良ければやらせていただきます、とお答えしました」

 「さ、3秒で? あまりにも短くない?」
 「と、後で反省しました」

 「後悔はしてないんですか」
 「後悔はありません」

 「どうして?」
 「これまでの私の経歴が、その3秒間に一気にフラッシュバックしたんだと思います。高校教師=プロレスラー=予備校講師=ラジオDJなど、一貫して青少年教育の現場にいたと思います。活動のなかでため込んでいた不満や提言を表に出せる手段の1つとして、国会議員という職業が即座にピンと来たのです」

 「プラス思考」
 「そうですね。出馬を打診されるまでのあらゆる経歴が、1つの糸としてより合わされたように感じたので、一歩前に踏み出したのです。その決断に後悔はありません。自分が行動することによって、自分の能力を発揮することによって、1人でも多くの人に影響力を与え、社会に貢献できると思ったのです。選挙に落ちるとも受かるとも、自分が出馬することによって周囲に迷惑をかけてしまうというマイナス部分は、その3秒間には考えませんでした」

 

分かち合い、支え合って生きがいの実現を

 「じゃ、決断した後はどうでしたか!」
 「そりゃ、数々の反省ばかりですよ。やったことに後悔はないけど、たくさんの人を巻き込んで選挙をしたことで、友人、知人、家族には大変な負担をさせることになりましたからね。反省と感謝とお願いのくり返しですから、毎日がプレッシャーとの闘いですよ」

 「プレッシャーに克てますか?」
 「圧し潰されそうになるときもありますよ。でも、今の仕事は、日本という国家の運命を担っているという自覚を持っていれば、その責任の重さとプレッシャーが比例しているのだと理解できます。ただ、ストレスはたまりますので、トレーニングで汗を流したり、子どもと遊んだり、趣味を持つことによって解消しています」

 「ふーん。じゃ、馳さんの目から見て、今の30代へのメッセージはありますか?」
 「結婚すること、出産すること、子育てすること、親の面倒をみることについて、どうも、損か得かで判断するような傾向が一部にあると思います」

 「それは政治の責任もあるんじゃないの?」
 「それも、あります。でも、政治家を悪者に仕立てあげることで、1人ひとりの責任を棚上げにすることは意味がありませんよね」

 「具体的に言うと?」
 「負担と行政サービスの見合い、ですよ」

 「見合い?」
 「そう。結婚すれば、喜びは倍増し、悲しみは分かち合える。子どもが産まれれば、家族の思い出がさらに増え、無償の愛情とは何なのか、を理解できます。親の面倒をみるのは、確かに面倒なこともありましょうが、必ずいつかは自分も通る道であるということを身をもって知ることになります。これらは、損得勘定で量り切れるものでありません。だからこそ、生きがいとか、愛情などを生きる指針にすべきなのです」

 「それと見合いがどう関係あるの?」
 「生きがいを求める生き方の結果として、日本の社会保障制度があるということですよ」

 「どういうこと?」
 「支え合いですよ。医療費の負担、育児の負担、教育費の負担、老後生活費の負担、介護の負担は、いずれも誰かが支え合っていかなければならないでしょう。自己負担だけではとうていやっていけないのです。無償の愛と、自己負担と、税と、保険料との見合いこそが、30代へのメッセージです」

 「ふむ?」
 「Aさんの周囲を見わたしてみて下さい。30代半ばで生き方に疑問を持つ人、持たないで親がかりの人、必死に子育てやローン返済にもがいている人、独身を謳歌している人といろいろいるでしょう」

 「確かに。まだ独身男女もいっぱいいる」
 「本当に、そういう価値観で良いのでしょうか。もっと生きがいを求める生き方もあるのではないでしょうか。負担をするという決意も必要なのではないでしょうか。負担は重い荷物ではなく、みんなで分かち合うからこそ軽くなる、みんなで分かち合うからこそ生きがいがある、と覚悟すべきではないのでしょうか!?」

 「なるほど」
 「1人ひとりに生きがいや生き方があるのはあたりまえです。誰からも強制される必要も義務もありません。でも、みんないっしょに生きているからこそ、生きがいを得られるのです。支え合っているからこそ生きがいも実現できるのです。その中心的な立場が30代でしょう」

 「プレッシャー大きいですよネ」
 「プレッシャーは責任の重さと比例しているだけです。だからこそ、30代は逃げ道も息抜きの場も用意しとかなきゃ、ね!!」

 とウィンクすると、Aさんはちょっとホッとしたような表情で微笑んで、メモをしている手をとめて何かを納得しているようでした。


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