第6回 「親の顔色をうかがう」


 年間2万7千件を超えた 行政への児童虐待関係相談

 児童虐待防止法、なんていう法律が必要になった日本なのである。

 何かがおかしい。

 DV(ドメスティックバイオレンス)防止法なんてのも、成立している。

 児童買春ポルノ禁止法も、ある。

 このいずれもが議員立法として準備され、国会の全会派の同意を受けて全会一致で成立している。

 これをどう読み解いたら良いのだろう。

 3法案とも国民のプライバシーに踏み込んで摘発し、罰することになる内容。

 人間のモラルの乱れを法律のワク組みにあてはめて修正を求め、矯正や更正を求めようとするのだから、ここまでしなければならない世のなかになっているのだと現状を受け入れなければならない。

 イデオロギーに拠らない社会問題であるし、また関係する省庁の利害関係が複雑に絡み合うため(法務省、警察庁、厚生労働省、文部科学省など)、政治主導で解決をはからざるを得ず、自民党から共産党まで全議員一致のうえで成立させているのである。

 なかでも、2000年11月に施行された児童虐待防止法は、施行3年後の見直し時期を迎えている。

 この法案は、衆議院の青少年に関する特別委員会の委員長提案で発議されたという経緯がある。現在私はこの委員会の理事をつとめており、その立場から法案見直し作業を担当している。

 関係者から意見をうかがい、施設訪問をして当事者の様子を拝見し、法条文の解釈や見直すべき論点を勉強していると、次第に暗たんたる気分になってくる。

 具体的に検証してみよう。

 児童虐待防止に対応すべき4段階は以下のとおり。

 1.未然予防。

 2.早期発見。

 3.施設における保護措置、親指導。

 4.家族再構築、子の自立支援。

 だ。ちなみに、児童虐待とは次の4類型に分類されている。

 A.暴力的虐待。

 B.精神的虐待。

 C.性的虐待。

 D.ネグレクト(養育放棄)。

 ことばを目にするだけでイヤーな気分に襲われるが、昨年度は2万7000件を超える相談が行政に寄せられた事実を前にすると、制度、予算、倫理観の3面から対応すべき社会問題であることを否定できまい。そして、その根幹を支えるのが法の見直しであることを思うと、私も責任を重く感じる。

 

 虐待を「いかに発見するか」から「いかに減少させるか」の段階へ

 虐待防止対応の4段階について、順を追って現状をコメントしてみたい。

 (1)未然防止……虐待してしまう保護者の立場になって考えてみなければならない。虐待してしまう理由が必ずどこかにあるはずである。夫婦関係、経済問題、親の生育歴、近所付き合い、育児不安などによる精神の不安定が、しつけと称する虐待に向いてしまうようである。

 であるならば、妊婦に対する保健指導の段階から、母親を孤立させないような相談体制を敷いておくことが必要である。医師、助産士、看護師、保健師など、妊娠、出産、育児の各段階で母親、父親と接する立場にある専門家が、虐待をしない、させないような対処することこそ、未然防止につながるポイントである。

 (2)早期発見……(1)の未然防止体制を整えておけば、早期発見、そして保護措置の対応を速やかに取ることができよう。
 子どもと接する立場にある医師、看護師、保健師、保育士、幼稚園や学校の先生などが、子どもの心身の異常を発見したときに、児童相談所や警察と連絡を取り合いながら速やかに一時保護をし、その後の親子関係のあり方を踏まえて行政措置に入らなければならない。このとき、親権や懲戒権をふりかざして抵抗する保護者に、いかに強く対応するかがポイントだ。現状では、親の同意が得られなければ強制的に引き離せず、その結果、反復する虐待によって死に到らしめてしまう実例が枚挙にいとまがない。司法の関与が求められているのはこの点である。

 (3)施設における保護措置、親指導……この第3段階が最も難しいところである。虐待された子どもを一時的に預かる施設としては、乳児院、児童相談所、児童養護施設、自立支援センターなどが法律で設置されている。

 これらの施設というのはこれまで、親の保護を受けられない子どもの居場所であった。ところが、親がいるにもかかわらず、虐待によってやむを得ず措置入所させられる子どもたちを対象としてこなかったために、受け入れる側の職員の資質向上や小規模施設が求められているのに、その要望に十分こたえられる現状ではない。カウンセリングも含めてきめ細やかな継続養育が求められているのだが、虐待児の急増で職員は対応してあげたくてもできないのだ。また、大部屋に入れられてすみっこでひざを抱えてじっとしている虐待児が、どのように成長していけば良いのかと考えると、やはりより家庭的な雰囲気の施設、設備であることが望ましい。

 また、家族再構築に向けての親指導がなかなか進んでいないことも現行法の不備ではある。親指道が進まないのは、親子を引き離すなど強制的な保全処分や保護措置を行う児童相談所の職員が、その後の親指導においても中心的な役割を担っているからで、これは相矛盾する対応。

 強制的に子どもと引き離しておいて、その後に当事者の職員から「ではカウンセリングを、今後どうしましょうか」と相談に来られても、不信感が先に立ってしまい、ましてや親指導などできる状況にはない。そもそも、指導する側にもこれといって確立されたマニュアルがあるわけではない。個別案件についてのあらゆる情報を、医師、看護師、ソーシャルワーカー、警察官や学校の先生から集めながら、最善と思われる方向性を手探りで導き出しているのが現状。過去の数少ない実例をもとにしながらの対処療法が精一杯なのである。だからまずは、虐待している親に指導を受けさせるというスタート地点から、司法の権限として確立しなければならないのだ。起きてしまった虐待により崩壊した家族を再構築させるには、この親の指導なくしてはあり得ないのだから。

 虐待児は、それでもやはり親しか頼るすべがなく、「虐待される自分が悪いんだ」と自己嫌悪に陥るケースが多い。また、虐待は再発のケースがほとんど。親指導には時間がかかるのだ。

 (4)家族再構築、この自立支援……子どもの家庭復帰は、現状では3分の1。子どもが自立していくケースを多様に支えてあげるシステムが必要。高校卒業後の経済的支援とか、里親制度の法定化など。

 こうしてみると、虐待をいかに発見するかから、いかに減らすかという段階に入りつつある傾向が見える。

 それにしても、だ。こんなに児童虐待の多い国になったのは何故なのだろうか。

 子どもが、親の顔色をうかがいながら、今日もどこかで泣いていることを忘れてはならない。


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