第11回 「軽度発達障害って、何!?」


 通常学級所属のまま、週に一度通級指導教室へ

 「A君、電池が切れたみたいだからさ、向こうの部屋に行って充電しよう!!」

 ブツブツと文句を言うA君。先生にうながされるままに教室を連れ出され、ものの10分ほどして教室に再登場。やっぱりまだ悪態をついているけれど、活動に参加する意欲はあるみたい。文句タラタラふてくされながらも、手際良く遊びの輪のなかに参加させていく先生。

 さきほどまで、あんなにカルタ取りゲームで1枚を奪い取ることに異常なこだわりを見せていたA君に、充電タイムをはさんだとは言え、またも競争をあおるようなゲームをやらせるだなんて、火に油を注ぐようなもんじゃないの!? と見ている私はハラハラしはじめた。

 ところが、ここからがこの通級指導教室の腕の見せどころ。

 ぐずるA君に、「ハイ、並びましょう!!」 と笑顔で促し、不承不承ながらも一列に並んだA君に対して「ホラ、できたじゃないの。えらいねー。良くできたわねー!!」 とすかさず声掛け。

 ほめられて悪い気のしないA君は、うなずきながら次第に張りつめていた表情も、ほほの辺りからゆるんでくるのが手に取るようにわかる。

 教室のすみにテープを貼って一列に並び、カレンダーやカーテンや目印となる先生にタッチしてまた元のテープのところに戻るという、他愛もない折り返し競争ゲームがはじまる。

 一番でないと気が済まない。負けることに異常に立腹する。その感情をいつまでも引きずってしまう。ゆえに教室のなかでは浮いてしまい、円滑な人間関係が結べない。

 そんな行動障害、多動性障害(ADHD)や学習障害(LD)を持つ軽度発達障害の児童生徒は、今や文部科学省の把握している数字で6.3%。つまり、100人いれば6人弱がそういった症状や課題(問題、という言い方はしない)を抱えているのだそうである。

 A君もそのひとり。

 ふだんは通常の学級に所属しているのだけれど、週に一度だけ、本校を離れて同じ区内にあるこの通級指導教室に通ってくる。

 少人数指導を旨としているので、6人のクラス。それぞれが、情緒障害、行動障害、多動性障害、学習障害などの軽度発達障害児である。一目見たところ、みんな可愛い盛りの子どもらしさを持ち、とてもそうは見えない。しかし、ちょっとしたきっかけですぐにふてくされたり、大声出したり叩いたり、歩きまわったりして、「アレ、おかしいかな!?」 と素人目にもわかる。

 この「アレ、おかしいかな!?」 を通常のクラスで放置したままにすると、「あの子ヘン!!」「かかわり合うのよそう!!」「あっち行ってよ!!」「のけもの」となってしまい、修復がきかなくなってしまうという。だから、学習に取り組むための基本的な姿勢や、人間関係において留意すべき点を、この通級指導において学ぶのだそうである。

 

 今教育現場に必要な障害児童生徒への適切な対応

 さて、新たにはじまった折り返し競争リレー。

 まず、先生を先頭にして整列。

 「気をつけ」→「休め」→「前へならえ」。

 この3つの動作ができたら、先生はほめる。できなかったら、できないでいる児童の名前を優しく呼び、「Bさん、どこができないのかな!?」 と問いかける。

 となりのC君やDさんが「前、向こうよ!!」「気をつけだよね!!」 と声をかけてあげて、Bさんが素直にそれに従うと、先生はさらに、「Bさん良くできましたねー。C君とDさんもちゃんとことばで教えてあげられたじゃないの。Bさんが言うこと聞いてくれたもんね。すごいね、教えてあげることができて!!」 と、Bさん、C君、Dさんそれぞれに対して「指示に従って行動する」態度が良くできたことをほめてあげるのである。

 整列がすんだところで次の指示が入る。

 「折り返し競争で元の場所に戻ってきたら、早い者順に並んで下さい」

 「ハーイ!」

 「そしたら次に、スタートしたときの順番に並び直して下さい」

 「ハーイ!!」

 さらに指示は続く。

 「そしたら、一番前に並んだ人は、六番目(一番後ろ)に並び直して、そして次の競争をスタートします」

 「ハーイ!!」

 ……ん!? どうしていちいち並び直すのだろう? といぶかりながら見ていると、すぐに答えがわかった。

 ゲームを6回行ったからだ。

 つまり、全員、一度は必ず一番前に並ぶことになるので、「一番」という満足感を得られるわけだ。そういう秩序を理解することで、勝負、ゲームで負けたとしても、負けにこだわる気持ちを切り替えることができるようになるのである。

1.ルールを理解する。

2.全力で競争、ゲームに挑む。

3.勝ち負けの現実を受け入れる。

4.気持ちを切り替えて、次は「がんばろう!!」 という意識を持つ。

5.コミュニケーションのコツを覚える。

6.集団で行動することのきまりを覚える。

7.人間関係をつくりあげる喜びを覚える。

8.友だちづくり。

 という流れを理解するのである。

 そして、6人での少人数指導のあとは、必ず個別指導(先生とのマンツーマン)が入る。小集団指導のときにつまずいた点、良くできた点を先生のアドバイスによって思い出し、理解し、発達を促すのがこの個別指導である。

 ふてくされていたA君は、指導する教員のマジックにでもかかったように、いつのまにか競争ゲームに全力で参加し、声を上げて笑い、率先して前ならえ、気をつけをして、他人にも目配り、気配りをしていた。

 そのA君の姿を見ていて、私は自分の幼きひねくれていた日々を想い出していた。私も、ときどき、遊びや集団生活のきまりごとのなかで、自分の思い通りにならないことがあると、すねてふてくされて、暴れてぐずって、周りに迷惑をかけていたことが、少なからずあった。迷惑をかけているとわかっていながら、自分からは素直に修正することができず、「難しい子」「扱いづらい子」というレッテルを貼られていたような気がする。

 6.3%の児童生徒にこういった軽度発達障害の兆候があるという。大体1クラスに1人か2人はいるという数字であり、学級崩壊の一因でもあるという。その原因は環境ホルモンだという研究者もいれば、しつけや家庭環境、夫婦のいさかいの影響という学者もいる。

 原因はいずれにせよ、これだけの傾向が教育現場に見られる以上、手をこまぬいてはいられない。指導方法の開発や普及、教員の理解研修、保護者との相談体制、幼保から小、小から中、中から高校への情報連携などが今後の課題である。

 コミュニケーションは、人生において基礎的な「人間らしさ」の表現なのだから。


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