『命の重さ』 「これから毎回党議拘束をはずしたら、大変なことになるでしょうね。」
「いちいち法案説明にかけずり回らなきゃいけねぇな。」
「そしたら、国会議員みんなが法案の中味の勉強をもっとするようになるんじゃない?」
「でも、政党いらなくなるんじゃねぇか?」
……
この会話は、衆議院本会議場の私のまわりの議席で交わされた。 私の2つ右どなりからは民主党の議員団のエリアであり、この会話の中には民主党の某議員も参加している。
本会議場では、記名採決(議案に賛成なら白の木札、反対なら青の木札を持って、正面演壇まで登壇して投票する採決方法。 木札には氏名が記してあるので、記名投票と呼ぶ)の点呼の最中。
私が国会議員になってから15年目に入るが、15年目にして2度目の、党議拘束を外しての採決のまっさいちゅうだ。議場内は異様な静けさと緊張感に包まれていた。
案件は臓器移植法の改正ABCD案。
この採決は、異例づくめの政治判断の中、与野党合意の上で、6月18日の本会議にかけられた。
(ただし、共産党だけは、いまだ審議不十分として採決には参加しなかったが……)党議拘束とは、憲法や国会法で定められた正式なきまりではない。
「政治的慣習」である。
しかし、政党人である以上は党議拘束に従うことが良識であり、そうでないと議会における採決は形骸化してしまう。
つまり、議会人の役割である党議拘束を正々堂々と外し、政治家個人の見識と教養に従って賛成か反対かを投票する行為は、極度の緊張感と説明責任を要すると言わざるを得ない。少々前置きは長くなったが、私の目の前でくり広げられる光景は、議場内で初めて見る衝撃でもあった。
臓器移植法改正ABCD案は、提出順で、まずA案から記名採決となった。 河野洋平議長の命によって、議場閉鎖(鍵をかけること)が宣告され、されに緊張感が高まった。
最初のどよめきが起こったのは、公明党の議員団がまっぷたつに割れたことだ。
「あの公明党ですら、意見集約できない内容なんだ…」と、いう深いため息のどよめき。
続いて議場がゆれたのは、民主党の岡田克也幹事長、小沢一郎と菅直人代表代行が、相次いで白票(A案への賛成票)を投じた時。
なんと、小沢一郎さんに対して、自民党席から拍手が相次いだ。
こんな光景、見たことない。
まさしく、死生観、生命倫理観がこの投票行動によって国民の前に白日の下にさらされるわけであり、あの小沢さんに対して、これだけ素直な拍手が自民党席から起こるなど、ちょっと考えられない名場面かもしれない。私は、意を決して白い木札を握りしめて壇上に向かった。 自分の10年間の勉強と、良心の表明として、A案に賛成した。
一言で表現するならば、 「死の恐怖と闘う患者さんの選択肢拡大。」 である。
来年のWHO勧告によって、海外へ渡航しての移植手術は原則禁止される。 とりわけ、子ども達の移植が日本国内ではできないという現状を改善しなければならない。 移植手術自体はもちろん慎重に、公正でていねいな手続きで行われなければならないが、まずは、道を開くことが必要だと判断した。自民党議員の中では、大島理森国対委員長と、何と麻生太郎総理大臣も青票(反対)の木札を差し出した。
総じて、白票の木札を出す人は、投票前に一瞬間を置いて、うなずきながら、力強く投票していたし、青票の木札を持っていた方は、投票目前までその色を誰にも見られないように手のひらに包み隠している方が多かった。
ハラハラ、ドキドキ。
投票の結果は……
投票総数430票(50人が棄権した)。
白票(賛成263)
青票(反対167)思ったよりも大差がついて、A案の議決が成立した。 その瞬間、提案者の中山太郎さんが立ち上がり、お礼のお辞儀をすると、万雷の拍手が衆議院本会議場を包いつくした。
となりに座る小泉純一郎さんや森喜朗さんもねぎらいの拍手を求めていた。
ただ、これで一件落着とはいかない。
まだ、参議院での審議〜採決が残っている。ABCD案のうち、BCD案は採決をしなかったので、参議院で復活の可能性もある。 それに、10年前は、衆議院の案が修正されたという事例もある。
さて、「命の重さ」を参議院はどう判断するだろうか!!