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永田町通信 94
 

『歴史の法廷』

 胡錦濤さんを前にして、伊吹文明幹事長はいつものように理詰めで愉しみはじめた。

 「国家と国民があります。 国家が国民の人権を保障するのはあたりまえ。 国民も国家に服する義務があります。 中国には多数の民族が存在します。 したがって、民族固有の伝統、文化、言語、宗教などを尊重しながら国家を統治して行くことが必要でしょう。」

 伊吹さんの言わんとすることは、チベット問題である。

 3月14日に始まったラサ暴動。 それがチベット自治区周辺の各省にまで拡大。

 その暴動により、学校が壊され、漢民族経営のレストランや商店が焼かれ、銀行が襲われ、死傷者を多数出した。 その暴動を鎮圧するために、中国政府が公安、警察を出動させ、暴力的に弾圧した……この一連の騒乱に対して、世界各国から、
 「人権弾圧だ!!」

 「中国は国際社会の声に耳をかたむけろ!」

 「北京五輪を開催する資格はない!」

 「ダライ・ラマ14世と話し合え!」

 「チベット騒乱が続けば五輪ボイコット!」
 と、批難が寄せられ、聖火リレーが防害されているさなかに、4月16日、私たちは北京の人民大会堂を訪問したのだ。

 訪問団は、伊吹さん、北側さん(公明党幹事長)を含む、与党訪中団。

 訪中目的は、5月6日から日本で行なわれる、日中首脳会談(福田=胡錦濤)を成功に導くための事前調整。 いわばつゆ払い。  伊吹さんの単刀直入な物言いに対して、胡錦濤さんも率直に返答された。

 「21世紀に入り、中国政府は六度、ダライ・ラマ側と会談を重ねて来ています。 私たちはいつでも対話のトビラを開いています。 彼らは中国の国土の4分の1を占める大チベット独立を主張しています。 対話で得られないものを力でつかもうとすることがダライ・ラマ側の画策です。 中国のいかなる指導者であっても国家分裂については妥協できるものではありません。 彼らが暴力と、大チベット独立活動と、北京五輪防害活動をやめれば、いつでも話し合います。」

 怒りを内包させたこの発言に、伊吹さんも敏感に応じた。
 「であるならば、もっと世界のメディアに対して中国政府の立場や考え方をねばり強く伝える努力をしつこく続けるべきではないでしょうか。 日本でも政府与党に対してつらくあたるマスコミに対しては、間違った報道をしないように、ていねいにていねいに説明をし、公平ではないメディア報道には訂正を求め続けています。 権力の中心にいる者は常に批判の声にさらされるものです。 そこであきらめてはいけないのです。」

 息をつかずに胡錦濤さんも言い返す。
 「中国市民に理解しがたいのは、西側の一部メディアが事実をわい曲し、暴力を仕掛けた側に理屈があるとしたことです。 そして北京五輪への圧力をかけ、五輪を政治化させ、開幕式ボイコットをすることです。 こういうやり方は中国国民の憤りをふくらませ、そして同時に、ますます中国国民を一致団結させることになります。 ぜひ日本の皆様には私たちの立場を理解してほしいのです。」

 思いのたけを吐き出すように訴える国家主席の立場を思いやって、伊吹さんはまろやかに会談の結びに入った。
 「中国の考えがメディアを通じて世界に発信されないのは残念。 中国の考えは、私が責任をもって福田総理に伝えますし、日本のメディアにも伝えます。 五輪を人質に取り、主権を奪取しようとする勢力に日本はくみしません。 胡閣下の指導力で、中国が多民族との共生の国家として世界の模範となるよう願っています。 日中友好の拡大は、2国間ばかりでなく、アジアの国々、世界にとって極めて重要です。 とりわけ青少年交流を拡大し、50年後70年後、両国のために正しい判断をする人材が育つことを確信しています。 国家の指導者は後世、歴史の法廷で裁かれます。 アジアのため、世界のために尽くす胡閣下は、高い評価を法廷で受けるはずです。」

 この結びに、ようやく笑顔を取り戻した胡錦濤さんは、
 「10年ぶりの訪日です。 日本各地をまわり多くの交流をしたいと思います。 青少年交流は中日友好の未来にかかわりますから。」 と、訪日の成功を願って訪問団一人一人と固い握手を交わした。

 私もこの際だからと、かねて取り組んでいる・パラリンピックをきっかけに盲導犬中国渡航の善処・中国における盲導犬育成への日本との協力促進──の2点について申し上げ、 「まじめに検討し、善処します」と答えをいただいた。 私の目を見ながらの答えだった。

 わずか1時間45分の会談ではあったが、国家主席であるが故の慎重さと苦悩の深さを感じた。 やはり、日中お互いに両国の悠久の歴史を次世代に平和的につないで行く覚悟が必要だ。


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