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永田町通信 80
 

『いったい、いつまで』

 第80回 いったい、いつまで
 金曜の夜。
 予算委員会の一般質疑7時間コースが終わり、窮屈なイスで痛む腰の辺りをさすりながら自宅に戻る。国会開会中の金曜日の夕方は、地元金沢に帰るのが通例。しかし、この日は娘を連れて新国立劇場へ。バレエ研修生の終了公演を観劇。家族サービスの一つ。

 明けて土曜日。
 朝一番に小松空港行き飛行機に乗るために7時前にはVIP室へ。稲田明美議員(福井一区)と同席。
 「あれ、稲田さんも地元入り?!」
 「そう。昨夜は遅くまで予算委員会の質問準備しとってん。月曜日朝一番で質問やから。今朝は早くに地元入りして、統一地方選に出馬する県議・市議の後援会事務所開きめぐりやわぁ。私自身も街頭演説するしなぁ。」

 ……語尾を伸ばすおっとりとしたしゃべり方に似合わず、芯の強い稲田さん。代議士1年生として地元のドブ板まわりも徹底。

 VIP室の係員に促されて搭乗機へ向かうバスに乗り込む。すると、一瞬バスが左に傾いたかと思うと、巨体の森喜朗元総理がニカッと笑って乗り込んできた。
 「あれ、森先生、インドとフランスに政府特使で行ってたんじゃないんですか?!」
 「ああ、馳君と稲田さんも帰るのか。俺は昨日の夜遅く帰ってきたよ、パリから。」
 と、まるで近所からでも戻ってきたかのように事も無げに答える69才。

 今年の7月14日に古希のバースデーを迎えるにしては、元気があり余っている。あり余りすぎて、安部総理や中川秀直幹事長や派閥を譲ったはずの町村会長も、何となくけむたそうな感じもするのだが(……それは俺の思い過ごし?!)
 「パリから昨晩帰って来て、もう地元に帰るんですか?!」
 「俺も息子(石川県議)の事務所開きがあるしなぁ。それに、たけちゃんのお通夜もあるだろう。祝賀会やパーティーもあるし……」

 たけちゃんとは、森先生が初めて出馬をした30年前から熱心に支援を続けてきた高校の先輩のこと。昨夜帰ってきたばかりだというのに、もう地元情報を隈なく仕入れているとは、ますますその情報収集能力と精神的体力には恐れ入る。
 「俺は式典の合間にお通夜に顔を出すけど、君はどうする?!」
 「自分は挨拶まわりの途中でご自宅に弔問して来ます。」
 と、いうわけで、森先生も私も黒い背広。いついかなる時にでも冠婚葬祭に対処できるように、地元に帰る時はいつも黒の背広を着用することも、政治家の常識。

 「おい、うちの息子の事務所開きに顔出していけよ。君は県連会長だから後援者も喜んでくれるだろ?!」
 と、いうわけで、小松空港すぐそばの、森前総理が初出馬の頃から使っている縁起の良い地元事務所に顔を出し、近所の皆さんにご挨拶。そして次の日程に向かう私の車にまで駆け寄って来て、
 「ありがとうございます!!」
 と、巨体を二つ折りにしてこんな子分の俺にまでおじぎをする元総理。
 後援者は皆その親としての姿を見ている。ここまで徹底されると何とも言えない。

 結局その日は、計3件、式典やパーティーで森先生と同席した。
 驚いたのは、夕方のパーティーのとき。
 「おい、君はこのあとどうするんだ?」
 「はい。私はあと3件です。たけちゃんのお通夜にも顔を出しますが……」
 「そうか。俺はあと2件に顔を出して、たけちゃんのとこにもお参りに行って、最後は夜行列車にとび乗るよ!!」
 「え``ーっ、夜行列車で上京するんですか? 明日の朝一の飛行機じゃダメなんですか?」
 「ウン。明日は体協会長として、東京マラソンのスターターをしなきゃいけないんだ。朝一の飛行機じゃ間に合わないだろ。」
 ……

 インド〜パリ〜カンヌ〜東京〜金沢〜東京。
 わずか5日間でこれだけの距離をわたり歩き、国際会議のスピーチや根回しをし、地元選挙区のドブ板回りもこなす六十九才の元総理。
 「森先生、いったい、いつまでやるんですか?」
 「なんだコノヤロー。 また俺のこと引退させようとしてるだろ!! おまえ達が後継者として成長するまで、簡単にはやめられねぇじゃないか! 俺は、早くやめて女房と2人で世界一周の旅行にでも行ってのんびりしたいんだがな!!」
 ……いったい、いつまでやるんだろう。(了)


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