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永田町通信 75
 

『アイコンタクト』

 世界アンチドーピング機構(WADA)の常任理事会に出席した時のことだ。
 スポーツに薬物を持ち込ませない、フェアプレーの精神を貫く、そのためにあらゆる対策を構じる……を理念として、2002年にIOC(国際オリンピック委員会)から独立したのがWADA。

 今回は、そのWADAの運営や財務や禁止薬物リストについて貴重な項目が話し合われる会議。

 この常任理事会に出席できるのは、世界各地域の政府側代表(アメリカ・フランス・デンマーク・南アフリカ・日本・オーストラリア)と、オリンピックムーヴメント側(IOC委員や競技団体代表やアスリート委員)の計12名。

 先進国から途上国まで、地域によってアンチドーピング対策はまちまちの現状ではあるが、最新の科学的知見に基づいて公平で公正な取り締まりを行っている独立機関だ。

 しかし、こと運営となると、利害関係が絡まる。今回9月16日に行われた常任理事会での裏舞台をここに再現してみたい。

 まず、「財務」。となりに座っているアメリカ代表のスコット・バーンが発言した。
 「財務の3%拡大は事業計画からして致仕方ない。しかし、アメリカも財政赤字を抱えている中で拠出金を分担にしている。もっと節約の方針を出すなり、目標の92%分しか集められていない分担金を、100%を目標に残りの8%をしっかり集めたりしてもらいたい。なァ、JAPAN!!」

 と、となりの私にウィンクしてみせた。私は、日本はアメリカよりも多く世界一の分担金を拠出しているとの強味もあったが、ここは強気に出るとイヤらしい空気になると判断し、日本の発言を気にしている様子の各常任理事の注視を気にしながら、スコット・バーン氏と軽くアイコンタクトして握手してうなずいてみせるだけにした。皆、ホッとした表情を見せ、以降、私の発言に配慮をする流れをかもし出した。

 続いて「法務」についての議題。
 これは、アメリカのアームストロング選手がまきこまれた事案。ツールドフランスという自転車競技においてドーピング検査の結果、陽性の反応を示したのはアームストロング選手の尿検体ではないかと、フランスのレキップ紙にスクープされた問題。私はすかさずアメリカのバックアップに回った。

 「この事案はすでに司法に判断がゆだねられている問題。我々の常任理事会の了承も得ないでパウンド会長(カナダ)が勝手にマスコミに談話発表するのは止められないが、WADAの意志と世間に受け止められるのは不愉快だ。コメントを発表したらただちに文書で我々常任理事国にメールして欲しい。そのコメントが問題ならば、次回常任理事会で議題にするというシステムを作った方が良い!!」

 マスコミへのコメントが一人歩きしがちなパウンド会長へのけん制球にはなったようで、となりのスコットが、今度は目で感謝を示しながら握手を求めてきた。パウンド会長のリーダーシップには敬意を表しながらも、好き勝手に暴走させないゾ、日米双方がチェックしているぞ、とのけん制になった。

 最後に問題となったのが、2007年禁止リストの中に人工的低酸素室を入れるかどうかの討論の時。
 IOC委員やアスリート委員からは(1)低酸素室の利用は強化につながる (2)人工的な環境はフェアプレー精神に反する。という二つの理由で禁止リストに入れるべし、と攻めてきた。

 ここは私がたたみかけるように反論した。
 「すでに日本の反論理由はパウンド会長に提出してある。しかしその資料がこの場に提出されていないのは遺憾であり改めて申し上げる。 薬物を使用するドーピングとトレーニング環境とは分けて議論すべきだ。 トレーニング環境について問題にするなら、私もロス五輪代表時に減量において世話になったが、サウナも禁止されることになる。 そもそも、高地に住んでいるアスリートと低地に住んでいるアスリートの不公平を解消しようとするもので、何ら問題はなく、薬物といっしょにすべきではない。 低酸素室の利用は事前の計画を立てて適切な健康管理の下で行われるトレーニングや研究対象でもあり、選手の高いモチベーションと忍耐と努力なくしてあり得ない。これのどこがフェアプレー精神に反しているといえるのか!!」

 あまりの剣幕に、となりのスコット・バーンが私の右肩をおさえたほどであり、私の発言にはフランス代表のラモールスポーツ大臣が応援演説してくれた。

 パウンド会長が私の顔色を見ながら、
 「では、採決を!!」
 と、発言すると、九割方の常任理事が私にアイコンタクトしながら手を挙げて反対した。

 ラモール大臣は会議後に私に駆け寄り、
 「お前もロス五輪か!! 俺もロス五輪にフェンシングで出場したんだ!!」
 と、今では相撲取りのような太鼓腹を突き出して笑ってみせた。

 国際会議とは、かくもアイコンタクトで虚々実々の駆け引きが必要な交渉の場なのであった。時にはウインクもしてみせながら。


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