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永田町通信 68
 

『トリノ五輪出張記』

 「馳クン、本当は俺が行きたいんだけど、国会のこの状況だから行けそうにもないんだよな。頼むからかわりに行ってきてくれよ!」
 「え、どこへ、ですか?」
 「トリノだよ。オリンピック。」
 「う、うわっ、本当に行っていいんですか?」
 「遊びに行くんじゃねぇぞ、出張だぞ、わかってるだろうな!」
 「そりゃもう、ハイ、出張ですヨネ!」

 と答えながらも、ニヤけた笑顔は隠しようがない。こちらの心根を見抜いている小坂憲次文部科学大臣からは、こう釘を差された。
 「とにかく、日本代表選手団の激励。2つめは、2016年に日本に五輪誘致できるようにロビー活動をするという使命だ。わかったね! 国会開会中なんだから!」 って、しつこいよ、大臣。

 衆議院では平成18年度予算案を審議中。ライブドア、耐震偽装、BSE、防衛施設庁の4点セットで野党攻勢中。ゆえに全閣僚は海外出張中どころではなく、緊張感みなぎる2月。ゆえに、副大臣であるこの私が大役を仰せつかってトリノへ行くことになった。でも、3泊5日(機中泊あり)の強行軍。トリノにいられるのは実質2日間。たった2日間でいったいどこまで激励をしてロビー活動ができるのか。

 でも、せっかく国会に出張を許可いただいた(それも与野党の皆さんから)のだからと、気合いを入れてトリノに旅立った。
 成田から19時間かかってトリノ空港に到着。空港に着いたその足で(ちょっとフラつきながら)選手村へ直行。出迎えて下さった、日本選手団の遅塚団長と、JOCの福田富昭強化本部長とさっそくミーティングを2時間。テーマは、
 「どうしてアテネ五輪のときと違って、まだ(2月16日時点)一個もメダルをとれないのか!」だ。
 遅塚団長は、「申し訳ありません、女子フィギュアでは何とか…」 と平謝りで仰るが、福田強化本部長の見立ては冷徹で厳しかった。

 「副大臣、これは長野五輪の呪縛ですよ!」
 「え? 長野の呪縛って?」
 「まず、年齢層。原田(ジャンプ)や清水や岡崎(スピードスケート)が代表になって期待を背負わされているようじゃ、だめ。長野オリンピック以降若手を育ててきていないということでしょ。他国と比べての代表選手層のピークが28〜32才に集っていて、22〜26才の年代が抜けている。ジュニアからの一貫指導体勢を怠ったからです。もう一つは練習環境の未整備!」
 「え、練習環境?」

 「そう。先進国でナショナルトレーニングセンターを整備していないのは日本くらいなもんですよ。夏季競技ばかりでなく、冬季、野外、海や水辺の競技の練習拠点を確保して、一年中強化させないと、育つ選手も育ちません。それに…」
 「それに?」
 「一流のプレーヤーには教養も必要です!」
 「教養!」

 「そうです、海外遠征に出ても一人で生活して行ける語学力。競技の戦略を練ることのできる智力。歴史や文化の理解力。大観衆の前でも最高のパフォーマンスを披露できる担力。その全ては、人としての教養があってこそです。厳しい練習に臨む哲学は、教養なくして身につきません。」
 と口角泡を飛ばして解説し、10数ページに及ぶ「反省と再強化方策リポート」を提出して下さった。なるほど、日本レスリング協会の会長でもあり、女子レスリングを世界最強国に作りあげた福田本部長の見立ては的を射ていた。

 そんなトリノ選手村の沈んだ空気を感じながら夜の男子フィギュアフリー決勝を観に行った。最終組の直前練習でロシアのプルシェンコ(金メダル)といっしょに氷上に高橋大輔選手が登場して来たのを見た瞬間、誰の目にも勝敗は明らかだった。プルシェンコは
 「見てくれ、オレ様の演技!」 ばりの自信とプロ意識に満ちていた。

 片や高橋は、顔面蒼白で、
 「がんばります! 失敗しないぞ!」 という悲愴感でコチコチ。このギャップを埋めるのは、やはり場数と練習量と、スポーツ医科学に裏打ちされた戦略。

 2日目は、トリノ郊外のストゥピニッジ宮殿を貸し切ってのJOC主催レセプション。各国IOC委員や日本選手団やマスコミやスポンサー企業を招いての2016年五輪誘致プレゼンテーションだ。
 サマランチ前IOC委員長まで登場し、盛大な中にも日本の熱意が外国IOC委員に伝わるパーティであった。オリンピックの華やかな表舞台と地味な裏舞台を垣間見たような2日間のトリノ出張であった。
 どこか、永田町の表舞台と裏舞台とを想い起こさせるような日本選手団の現状であるような気がしたのである…(了) 


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