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永田町通信 61
 

『五票差の本音』

 衆議院本会議場は、異様な熱気と緊張感に包まれていた。

 郵政民営化関連六法案の一括採決の日。

 本来ならば、与党(自公)で合意を得、自民党総務会で了承され、委員会採決を終えた法案の最終議決の場が本会議。賛成多数で成立することはあたりまえのこと。

 にもかかわらず、どうして「解散総選挙」まで覚悟しなければならないのか。どうして可決成立を心配しなければならないのか。不思議なハナシ!!

 その答えは、哲学論。

 一つめは、郵政民営化が必要かどうかの本質論。

 将来的に現行の郵政公社の事業がどうなるかわからないけれど、今、民営化しなくても十分やっていけるではないか、民営化後の不安解消ができないので、その必要性はない、という哲学論。

 もう一つは、手続きの哲学論。

 自民党の総務会は全会一致原則。だが、五十年の歴史上、初めて多数決採決をした。その強引なやり方をした執行部に対する反発。

 また、特別委員会で8名の反対派委員を入れ替えた反発。

 さらに、処罰を反対派にチラつかせた反発。

 自民党内の虚々実々の駆け引きが繰り広げられた末に、賛成票をまとめきれず、反対派を説得し切れず突入してしまった本会議。
 「小泉の性格なら、否決、即解散。反対派は党を除名し、次期総選挙で公認しないだろうから、これまた自民党分裂選挙の結果、漁夫の利を得るのは民主党であろう…。」
 そこまでシナリオを読みながら、票読みのシナリオだけは読み切れなかった本会議。自民党議員が反対の青票を投じる度に、立ち上がって拍手をし、歓声を上げてはしゃぐ民主党席。

 それを苦々しく見つめる武部幹事長。遠目にも白票と青票ほぼ同数の投票箱。
 「こりゃ、やられたかな 選挙だぜ」 とわざと大声で、青票を投じた自民党の若手議員に声をかけると、顔面蒼白、目は血走っている。(オイオイ、覚悟してたんだろ?! そんなにびびるなよ…) 結果は、わずか五票差。
 自民党からは37名が反対票を投じ、14名が欠席・棄権。絶妙の五票差、とも言えようか。

 数日後、首相公邸で食事会が開かれた。
 小泉総理に招かれ、フランス料理をご馳走になった。メンバーは山崎拓、柳沢伯夫、松岡利勝、石破茂、舛屋敬吾、坂本剛二、そして馳浩。衆議院での110時間に及ぶ審議を支えた、与党理事、国会対策担当のメンバーだ。
 タイトロープを渡る委員会運営、そして本会議採決だったにもかかわらず、(ヒトの苦労を知ってか知らずか)小泉総理の舌は滑らかだった。

 「いやー。採決10分前の中川委員長の連絡では七票差だったんだよ。結果は五票差。さすがに良く分析したよな!」 し、したよな、って総理、皆がどれだけ説得して回ったかわかってんの!!

 「七条解散(天皇の国事行為による解散。つまり、内閣の政治的判断による解散)がほとんどなんだよ、戦後。不信任案可決での解散は確か四回しかないんだよな!」 といって美味しそうにグラスを飲み干す。

 どこでどう調べたもんだか、郵政解散はできる、との読みを披瀝したようなもの、この人にとっちゃ、議員の身分を失わせる大事も、平気の平左ってことだ。この、ぶれない肝っ玉の据わり具合こそ、小泉流リーダーシップの真骨頂。国家論を哲学で語れる小泉総理故だ。

 でも、自民党分裂とか、下野する心配とか、国政の混乱を危惧する議員心理は、哲学論をはるかに超えて委縮してしまっている。

 この、与野党を超えて、マスコミをも包み込む緊張感は、思いのほか国民心理には影を落としていなかった。本会議採決直後の各マスコミの世論調査では、郵政解散を否定するよりも肯定する層の方が多かったのであるから。

 もしかして、郵政民営化という政策論、政局論は、国益論であるという小泉哲学を、日本国民の方が見抜いているという証左ではないだろうか。それがわかっているから、小泉さんも泰然自若としていられるのか。
 「五票差だよ、五票差。危ないよなぁー。でも、絶妙だよなぁー。」 と、小泉さんの上機嫌は続いたのであった。

 この夜の上機嫌な酒に、参議院本会議採決後も、酔えるであろうか。果たして。(了) 


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