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永田町通信 53
 

『この国の国民で良かった』

 谷川秀善外務副大臣が発言を求めた。
 毎週木曜日に開催される森派総会での昼食会も終わりに差しかかろうかという時。谷川副大臣は元大阪府副知事。参議院議員としては二期目。僧侶でもある。自ら進んで発言されるようなタイプではなく、どちらかというと調整型の政治家。

 そんな谷川さんは、イラクにおける人質殺害事件にかかわっておられたので、一ヶ月ぶりの昼食会参加。ゆえに、誰もが、あの忌わしい事件についての報告をいただけるのではないかと、居住まいを正した。
 「皆さんに報告します。このたび、外務副大臣としてイラク人質事件解決のために、ヨルダンに派遣されました。どうしてもその事について、マスコミにはなかなか報道してもらえない、取り上げてもらえない事実をお伝え致します」

 やはりそうであったか。派閥の仲間はシーンとなってその発言に注目した。
 「アンマンに到着したのが夜中でした。明くる朝一番には、ヨルダン国王に面会できました。政府関係者でなく、自衛隊員でもなく、マスコミ関係者でもない。ごく普通の日本人一青年であります。何とか救い出してあげたいのでご協力下さいとの申し出に、国王は大変親身になって話を聞いて下さり、さっそくあらゆるつてを頼ってイラク国内の情報をさぐって下さいました。そして、すぐに香田証生さんを誘拐した犯人を二名特定して下さったのです」

 おお、と参加議員は息を呑んだ。そこまで順調に進んだのにどうして殺されたのか?!

 「ところが、ここからが硬着状態に入りまして、なかなか情報が取れませんでした。というのも、誘拐犯人が、反イラク政府グループに香田さんを売り渡してしまったのです。なんとか誘拐犯に接触して、香田さんを買い戻すように交渉しましたが、反イラク政府グループはまったく交渉には応じず、最悪の結果を迎えることになったのです。外務省としても出来る限りのあらゆるルートを使って努力をしましたが、本当に残念です。その後、私たちはご遺体を収容し、香田さんのご遺族に届けました。私も同行し、親御さんに対してごあいさつをして参りました。その時、対応していただいたご両親のお言葉を、ぜひ皆さんに伝えたいのです。マスコミには何度も報告しているのに、取りあげてくれません。皆さんの口から、有権者に向けて発信してほしいのです」

 参加議員はさらに身を乗り出した。

 「ご両親はこうおっしゃいました。ふつつかな息子が、勧告を無視してイラクに入国したがために、日本政府に大変ご迷惑をおかけし、多くの国民にご心配をおかけしたことにおわび申し上げます。私の息子のために、本当に寝食を問わずに対応していただいた全ての方に感謝申し上げます。私の息子は本当にこの国の国民で良かったと思っています。日本の国に生まれたことを誇りに思います……。私は副大臣として、ていねいに対応したつもりですが、こうしてご両親が感謝の意を表して下さり、日本の国民に生まれて良かったと面と向かって伝えていただき、本当に心を動かされました。マスコミは自衛隊派遣の是非や、撤退の賛否などについてばかり論評を費やしておりますが、香田さんのご両親の肉声を大きく取りあげてはおりません。どうぞ、真実の声を、無念の想いを皆さんもご理解下さい」 と、静かに発言を結ばれた。

 亡くなった香田証生さんに心より哀悼の意を表し、同時に殺害実行グループに対し、激しい怒りを禁じ得ない。それというのも、殺害直後にインターネットには、アッという間に香田さんが首を切られる映像が世界に向けて同時配信されたからである。その映像は直視に堪えないものである。

 テロとはいったい何ぞや、という問いに答えを出すような映像であり、ご両親の心臓をえぐるような卑劣さを覚える。テロ行為によってはいかなる政治的な要求や交渉には応じるべきではなく、テロによってはいかなる行為も思想信条も正当化されてはならないと、教えられる。そのむごたらしさたるや、実行犯とはテロリストでも何でもなく、猟奇的な殺人者としか思えないほどである。

 「この国の国民で良かった」 と国民誰もが実感できる国作り、平和作りが必要であり、イラク国民にとってもそのように思える日が一日でも早く訪れることを祈り、日本国としてもできる限りの支援をすべきである。香田証生さんに、合掌。(了) 


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