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永田町通信 47
 

『年金未納何兄弟?!』

 「どう、アンタ、払ってる?!」

 永田町界隈で国会議員が顔を合わせるたびに、あいさつがわりに交わされるのがこの会話。それぞれに腹の内をさぐり合っているようでもあり、そうかといって、人のサイフの中身をアラさがししているようでもあり、あまり気分の良いヤリ取りではない。マスコミも興味本位で取り上げているワイドショーなどあり、未加入、未納者は時ならぬ罪人扱いとして魔女狩りにあっているようでもある。

 確かに、法律上、制度に加入し、保険料を納めることは義務であるのだから、わざと加入しなかったり払わなかったりするのは法律違反。違反した者には罰金として科料まで課されているのだが、なぜか罰金を取られた人は、いない。「加入手続きをし、保険料を払っておくべき制度」の主旨に従って社会保険庁の職員が、取り立てGメンよろしく督促状を出し、一軒一軒訪問しては「加入し、払ってください。」とお願いしているのが実状。この、日本的信頼関係の上に成り立っているが故に、ここまで財政が緊迫してきているのも否めない事実。

 ちなみに、私は昭和61年(1986年)1月から9月までの9ヶ月間払っていなかった。

 まさか払っていなかったとは思っていなかったが、報道で閣僚の未納者がいたとの大騒ぎが始まってから、確認のために問い合わせたら、この時期払っていなかった。

 えぇー と思って今から18年前のこの時の記憶をよみがえらせてみた。昭和61年2月から8月まで、私はプロレスラーとしてプエルトリコに遠征中。9月から翌年12月までは引き続きカナダのカルガリー市に遠征中。つまり、未納の一時期に私は日本にいなかったのである。  

 しかし。プエルトリコにいた時期だけ未納であり、カルガリーに移ってからの期間以降、今日に至るまで、ちゃんと支払っているのである。何故なんだろう。調べてみようとしたら、当時私が日本で所属し、住所を置いておいたジャパンプロレスという会社は、すでに解散して事務員も行方がわからず、調べようがない。推測してみれば手続きミスとしか考えようがない。私は自分の通帳も届出ハンコも会社に預けて海外遠征に出発したので、事務手続き上、何らかのミスがあって、プエルトリコにいた時期だけ払っていなかったのだろう…などと自らのホームページ上で公開したら、プロレスファンだと云うさる社会保険労務士さんからこんなメールが届けられた。いわく、「海外に在住している時は、その届出さえしていれば、任意加入扱いになりますから、いちがいに未納とは言えないんじゃないですか。」とのこと。

 なるほど。つまるところ、私自身の認識ミス、制度への知識のなさ、人まかせの体質が、9ヶ月の未納を生み出したと言えよう。ちなみに、保険料支払いが義務化されたのは昭和61年の4月からだから、私が一社会人として責められるべき未納期間は、6ヶ月間ということになる。

 ここまで調べた上で、各マスコミから問い合わせがあるたびに「国民の義務を果たしていなかった時期があり、恥ずかしいことであり、申し訳ない。」と答えている。

 我が身の失態を振り返り、そして改めて今回の国会議員未加入、未納騒動を考えてみなければなるまい。

 まず、制度として、複雑すぎる。

 そして、年金加入、未納記録(情報)が簡単に取得できるようにしておくべきものであること。さらに、過去にさかのぼって、ペナルティ料も上乗せして保険料を追納できるようにしておくべきこと。 

 などが制度改善論として、国会で議論され修正されねばならないと証明されたと言える。

 もう一つの問題は、この騒動を政局に利用してはならず、与野党一致結束して国民の利用しやすい制度として公的年金制度の負担と給付の関係を安定的に維持していかなければならないということだ。

 福田さんの官房長官辞任は衝撃だった。小泉内閣の責任者として、政権へ与えた打撃は大きい。菅直人さんの代表辞任も、国民の政治家、政党に対する信頼を裏切った。口汚く与党の未納議員をののしった姿は菅直人さん自身にはね返り、人間性を問われることになった。民主党の後任代表選びの密室性や混迷は、さらに国民にとって民主党への期待を失望に変えてしまった。

 みんなこの騒動で傷ついた。

 傷ついたからこそ、反省し、より良き制度の構築に向けて歩み寄らなければならない。

 なぜなら、日本社会は、皆の支え合いであることに間違いないのだから。 


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