『与野党本音と建て前。』 「いやー困ったなぁ。あんたとは水面下の打ち合わせで合意しとったけども、本国の指示があって表の日程協議には応じられんのや。しばらく様子見しようや……」
衆議院のA委員会理事会において、民主党のB筆頭理事が心苦しそうに切り出した。
その日の理事会では、今後の日程協議を行ない、与野党筆頭理事同士が事前に非公式で打ち合わせをしていた日程通りに決定する段取りになっていた。しかしながら、本国の指示があって当分応じられないと言うのだ。
困った自民党のC筆頭理事は、
「そんなぁ。内々の打ち合わせでは、委員会における大臣所信質疑まではオッケーだと了解していたじゃないの。今さら日程協議に応じられないだなんて、約束が違うよぉ。我々現場の人間関係と信頼だけは、パイプをつないでおこうよ。そういうふうに本国に打ち返してみてよ。お互いに与野党筆頭理事同士が合意していた日程だけは、本国がどうあろうとも現場で消化しましょうよ……」
「そう言われても、なぁ、Cさん……」
ここで少し国会用語の解説をしよう。
「本国」とは、国会対策委員会のこと。
各政党には、国会法に規定されていない国会対策委員会があり、実質、国会運営の全般を取り仕切っている。
この、いわゆる「国対」にはあらゆる情報が集まるわけだ。
政党内の活動状況、霞ヶ関の役人の情報、内閣が提出する法案、予算案の詳細、マスコミ情報、全国の選挙情報、外交情報、個々の政治家の身の上話など、など。
あらゆる情報を吟味しながら、各党の国対委員長は国会運営の指示を出していくわけである。
冒頭にある民主党のB理事の苦悩を解説するとこうだ。
「A委員会の運営については『波静かなれば(スキャンダルがなければ、という国会用語)』応じられるのだが、そうではないので、悪しからず。日頃の人間関係とコレとは、別ね!!ごめんよ」ということだ。
ちなみに、B理事の言う波静かではない事情はこれだ。
「予算委員会の政治とカネにまつわる集中審議で、大島農相の元秘書の口利き金銭受授疑惑が出た。小泉さんの弟の会社も口利きで裏ガネもらってるらしい。自民党長崎県連の、知事選がらみの選挙資金集めの疑惑もある。
さらに、議院運営委員会の理事会では野党の反対を押し切って本会議開会を強引に決めたじゃないか。」
……。自民党のC理事は言い返す。
「政治とカネの疑惑は、予算委員会での問題じゃないか。それに、そもそも予算委員会は来年の国家予算の是非を論ずる場所でしょう。それ以上の疑惑解明ならば、政治倫理審査会とか、各大臣所管の委員会があるからそこでやれば良いじゃないか。議運の問題は、議運の現場のコトであって、A委員会とは関係ないじゃないか。それに今国会は、予算執行に関連する日切れ法案で重要法案があるでしょ。税制改正とか雇用保険法改正とか義務教育費国庫負担法とか。これを衆議院で早目に仕上げないと、参議院での審議時間を充分確保できないじゃない。3月31日までに両院で仕上げないと、国民生活に悪影響が出るんだから、野党の皆さんも協力して下さいよ。」
と半分涙目になって訴える。
B理事の苦悩はさらに深まる。
「Cさん。あんたのことは好きやし、日頃は野党の言い分を良く聞いてくれて感謝しとる。でも、わしらも立場があるんや。本国から指示が来れば、組織の一員としては従わなきゃならん。まずは、本国同士(つまり、自民党と民主党の国対委員長同士)がどこかで落とし所をさぐって前に動かさないと、どうにもならんわ、なぁ?!」
「……まぁ、なぁ……」
と、両筆頭が言い分を尽くしたところでD委員長が議論を引き取った。
「じゃ、ここらで一回理事会を閉じまして、延会ということにしましょう。本国同士が落とし所を決めれば、我々A委員会の現場も動くわけですから。」
そう言うと、なんとあんなに論陣を張っていたB・C両筆頭理事とも、あっさりと引き下がって
「じゃ、そうしましょう!!」と笑顔。
オイオイ、何だったんだよ、直前までの論戦は?! ?! ?!
結局、BCDの3人は、ひざを詰めながら、本国が正常化された後の日程を決めはじめた。何という変わり身の早さ?! ?! ?!
国会って、建て前と本音でバランスを取りながら運営されている、という一つのシーンだ。