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永田町通信 10
 

『官邸最後のひとり言』

 退陣を翌日に控えた4月25日の昼、官邸に森総理を訪ねた。案件は日本と韓国と中国の三国が民間主導で進めている環境キャンペーン(私が日本側組織委員長)の報告。しかし自ずと話題は政局に移ってしまう。執務室に二人で向かい合いながら、
 「そう言えばこのテーブルで、去年の5月10日に私がくら替えを言い出したんですよねェ。」
 「馳君もよく決断したよなァ。」
 「ところで小泉さんの人事は大丈夫ですか?」
 「義理と人情が我々の世界だけど、純ちゃんには通用しないからな。」
 「幹事長は山崎さんでいいんですか?」
 「しょうがないよ、純ちゃんが決めたんだから。本当は、平沼さんに最初お願いしたんだ。そしたら平沼さんが派閥の江藤さんと亀井さんに相談したところ、ダメだと言うんだ。差し戻されて弱って山崎さんにしたんだ。
 平沼さんを政調会長に、という案もダメだと言われて俺に相談に来たから『麻生がいるじゃないか』と言うと『そりゃイイ』とすぐに判断して了解をとったそうだ。そしたらすぐに派閥の親分の河野から俺のところに電話があって『どうしようか』と言うんだ。だから言ってやったよ。
 『自分の子分がエラくなって行くのを喜びこそすれアレコレ注文つけてどうするんだ。派閥の親分が口出すのはもう俺たちの時代で終わったんだ。小泉の好きなようにさせて、後は我々が後ろで支えてやれば良い。』とね。」

 「それにしても森先生のシナリオはうまくいきましたね。」
 「俺もここまでスムーズに行くとは思わなかったよ。古賀(幹事長)に言ったんだよ。予備選は全都道府県連でやらせろ、とね。そうすれば党内世論の流れからして純ちゃんに勝ち目があると思ってね。想像以上に地方票の流れが小泉支持で出たから、本当に良かった!!」

 私は心の中で(そんなに先を読む力があるのにどうして自分が総理大臣の時にその先見性を発揮できなかったんですか?!)とつぶやいたが、ご機嫌をそこねてはいけないので静かにうなずいた。
 「ところで奥田建ちゃんが参院選に出るかもしれませんヨ!!」
 「エ!!(絶句…)」
 「さっき二人で話し込んできたんですけど、『ひょっとするとひょっとするよ!!』とニコニコしてました。」
 「馳君があんなに言いふらしているから、本人もその気になったのかな?」
 「さぁ。でも知名度、若さ、反自公、保守系、比例でくり上げ、対沓掛という観点からすると、その条件にはピタリとはまるんですよね。まぁ、我々沓掛陣営としては誰がぶつかってきても激しい闘いにはなるんですけどね。」
 「…そうだなぁ。選挙は最後には候補者本人次第だからな。気を引きしめてかからないとな。」

 「それで、総理は明日でお役ご免となりますが、あさってからはどうしますか?」
 「しばらくゆっくりさせてくれよ。」
 「ダメです。あさってには森派会長に戻るべきです。党内基盤の弱い小泉さんを裏でしっかり支えるには、森派の役割りは重いんです。
 会長としてどかんと重石になっておかないと、中堅や若手議員が右往左往します。時には文句を受け止める的にもならなきゃなりません。休んでいる暇はありません。」
 「石川も馳君が元気だからいいじゃないか!!」
 「ダメです。私は時々コントロールが利かなくなりますから!!」
 「はっはっは。」

 森総理は思いのほか元気が良かった。政局において重要な舞台回しをすることができた、との充実感と、一年間、総理大臣としての重責を果たしたとの達成感からであろうか。先週お会いした時は、
 「これからは総理経験者として中曽根さんと二人で役目を果たして行くよ」と半分枯れたような発言をしておられたのが、小泉総裁の誕生で持ち前の政治センスがうごめき始めたようでもある印象だ。

 想い出の詰まった官邸も残り一日。そりゃ無念極まりない面もあるだろうが、政治家森喜朗の真骨頂はこれからかもしれない。一年間、本当にお疲れさまでした。でも失言にはこれからも気をつけて下さいね!! 


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