馳浩の永田町一筆勝負44
次からカーナビをつけようかな
平成10年2月14日掲載



 議員会館で仕事していると、オヤジから電話が入った。

 『悪いけど2月12日の夜7時に大磯プリンスホテルに行ってくれ。河野洋平先生の地元の会合だ。頼むよ』

 政治の世界で言うオヤジとはもちろん実の父ではなく、派閥の親分とか系列のリーダーとか地元の先輩とかいう意味。私にとってのオヤジとは同じ石川県出身で私をこの道に引っぱって下さり、選挙の面倒を見て下さった森喜朗自民党総務会長のこと。私は緊張しながら『はいっ』とだけ答えて受話器を置いたが、何のために行くのかという理由を聞くのを忘れた。改めて聞き直すのもヘンだし、とにかく行けば何とかなると思って自分でハンドルを握って東名高速から小田原厚木道路へと乗り継ぎ、大磯に向かった。

 国会議員という皆が皆専用のドライバーを抱えていると思われがちだがさにあらず。

 私のように、運転が好きで、自分でマイカーのハンドルを握る人は数多い。私も、もう4台目となるホンダのレジェンドを乗り廻して関東一円ならどこへでも出掛ける。

 しかし、小田原厚木道路にはちょいとヤな想い出があるのだ。ちょうど一年前の2月。この道路を走っていた私のクルマの前のトラックの荷台から20センチ大のブロックのかたまりが落ちてきて、私のフロントガラスを直撃したのだ。突然のことで私はブレーキを踏み、停車した。幸いにもフロントガラス一面にヒビが入ったものの割れずには済んだ。知っている人は知っているだろうが、小田原厚木道路に路肩はほとんどない。だから一時停止した私の後続には数十台の行方をふさがれたクルマがつながり、白い目で『何やってんだ!』とののしられながらそれでもノロノロと自宅までたどり着いた。当然ブロックを落としたトラックは自分が犯人だとは気付かぬまま走り去り、フロントガラスのヒビのせいでナンバーも確認できなかった私は、自費で修理した。

 あれから一年。やっぱりこの道路との相性は悪く、またやらかしてしまった。大磯インターチェンジを降りた時はまだ明るかったのだが、帰途はもう真っ暗。入り口の看板が小さくて見過ごしてしまい、私は平塚の街を30分もウロウロと道に迷って走り続けたのである。行けども行けども田んぼと山の中。目印となる看板もあまりない。思わず私はクルマを運転しながら『河野洋平ーっ。小田原厚木道路への案内板をもっとわかりやすくしてくれー』と叫んでいた。私は思った。ナビゲーションシステムが必要かな、と。運転が好きなのと、運転がうまいのとは意味が違うね、やっぱり。

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