復活折衝は大蔵省の花形

<12月27日デイリースポーツ掲載>


 地元の金沢市長や与党議員団を引率して陳情のために自民党森総務会長室を訪れた時、おもしろい話を聞いた。

 『議員になってからいつもこの時期になると不思議に思っていることがあったんだ。12月20日に来年度予算案の大蔵内示が出るでしょ。それから第一次復活折衝(局長レベル)第二次復活折衝(次官レベル)そして大臣折衝があって、重要な予算付けについては政治決着するわけじゃないですか。ところが予算総額は、20日の内示段階と24日の大臣折衝と一円たりとも違わないんだよ。復活折衝で少しずつ上積みされて行くんだから、総額も増えてあたりまえだと思うじゃない! でも一緒なんだよ。どうしてかわかる? 馳くん』

 そういわれてみりゃそうだ。私も文教族議員の端くれとして、私学助成や公立学校施設助成など、増額要求するために大蔵省主計局の文教担当の主査にお願いに行ったりするが総額が同じだということについてまで頭がまわらなかった。どうしてなんだろう? 金沢市長も不思議そうな顔で首をひねっている。

 『それはね、最初っから各省庁のふところに増額分をしのびこませてあって、それを復活折衝ごとに小出しにしてくるんだよ。数学の計算で、それが表にでないようになっているだけさ。主計局のテクニックの見せどころなんだよ』と得意そうに説明する森喜朗氏。 ここで私はハタと気がついた。私は今回で議員になって3回目の予算編成なのだが、この復活折衝って何のためにやるのか疑問に思っていたのだが、そのからくりが解けたような気がした。だって、復活するぐらいなら最初っからドカンと出せよ、イライラするじゃねえかと思っていたからである。

 もったいぶったようにそれぞれの復活段階で予算を付けてくる主計局の思惑は、二つの意味があるということだ。

 一つは、他の省庁を意のままにあやつる人質として、予算をつける大蔵省の優位性を保つために復活折衝という見えすいたセレモニーを行うということ。主計局の描くシナリオ通りに国家予算を牛耳るということだ。

 もう一つは、国会議員を立てるということ。『○○先生のおかげで□□空港の着工予算がつきました』とかいって、選挙区の皆さんにわかりやすく与党政治家を誇示するために、復活折衝がダシにされているということだ。もちろん、政策の優位性を測る意味でも、大臣折衝にまで残った事業案件を関係者にしらしめるという必要性もある。復活折衝こそ、大蔵省の花形ということだろう。

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